弁理士法人シアラシア 代表の嵐田です。
学会や展示会で名刺交換をして、あるいは問い合わせフォーム等からコンタクトがあった相手と打ち合わせを行い、もう少し踏み込んだ話をしたいので秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement、以下「NDA」)を結びましょう、ということはよくあります。
研究部門同士の場合は、技術資料の提供に加え、サンプル提供、試作品の作成、テスト分析等がNDAの範囲内で行われることもあります。本記事では、共同研究を前提としたNDAを締結する際の注意点についてまとめてみました。
秘密保持契約(NDA)の内容
一般的なNDAは以下のような条項で構成されるていることが多いです。
秘密情報
まずは「秘密情報」の定義規定があります。
「秘密情報」の定義は基本的に
① 開示する一切の情報とするか
② 秘密である旨を明示した情報とするか
の2パターンに分かれます。
自社の情報のみを開示し、相手からは受領しない場合は①、お互いが開示する、または受領がメインの場合は②が良いでしょう。①で契約した場合も油断せず、秘密情報を記載した資料には「Confidential」等で秘密である旨を明示した方が良いです。
例外規定として、開示された秘密情報が既に別ルートで取得していた場合、公開情報であった場合は秘密情報の例外として列挙します(ほぼテンプレート化しています)。
打ち合わせの際に話した内容を後から秘密にしたい場合は、開示した日から30日以内に秘密である旨を書面にして交付する等を規定する場合もあります。
秘密情報の取扱い
基本は善管注意義務のもと、目的外使用禁止、第三者への開示制限を課すことになります。目的外使用禁止がないと、開示した秘密情報をもとにして、相手方企業の別部門等に秘密情報が共有され、別発明をされたとしても文句が言えなくなってしまうため目的外使用禁止条項は必須です。
第三者への開示制限は、開示者に書面で了承を得た場合はOKとする場合、子会社にはOKとする場合、分析はA社に委託するのでA社はOKとしておく場合等があります。複数の子会社を抱える大企業と契約する場合は、実質何十社に対しても秘密情報の開示を認めることになってしまうため、子会社の範囲を契約段階で具体的に特定した方が良いと思います。
返還・抹消義務
契約の有効期限が切れた後や開示者から要求があった場合に、秘密情報を開示者に返却するか破棄することを予め定めておく規定です。
有効期限
一般に有効期限が長いと開示者有利、短いと受領者有利となります。有効期限が1年間であっても、開示された秘密情報の秘密を保持する義務が3年間とする等の規定になっている場合があるので注意が必要です。
個人的にはNDAを自動更新にするのは避けた方が良いと思っています。NDAは多くの企業にとって最も多く締結される契約であり、何年も前に契約したNDAの有効期限が自動更新によりまだ残ってしまっている、という契約期限管理上のリスクが残ってしてしまうためです。
一般条項
損害賠償、協議事項、裁判管轄等の規定があります。NDAで具体的な損害額を契約書に記載しておくことはあまりないかも知れませんが、経済的な価値のある機密事項を開示する場合、牽制の意図を強める場合は交渉段階で提案しても良いかと思います。
知財の取扱い
NDAの雛形の中には、秘密契約の範囲で生じた知的財産権の帰属に関する規定が含まれている場合があります。しかし、NDAはあくまで秘密情報の特定と秘密保持義務、目的外使用禁止が目的なので、個人的にはNDAで知財の発生を想定すべきではないと思っています。もし特許等が発生しそうであれば共同研究契約を締結すれば良いからです。
したがって、契約書中の文言としては、「秘密情報をもとにした発明等が生じた場合は別途協議して取り扱いを定める」等にするのではなく、「開示者から受領した秘密情報をもとに特許出願等をしてはならない」とすべきです。
例えばA社がB社にサンプルを提供し、B社の技術を使って加工品を作成して性能を分析するという場合を考えます。この場合、お互いの秘密情報としては以下のものが対象となり得ます。
A社:サンプルそのもの、サンプルの成分・物性等の技術情報
B社:加工技術、加工物そのもの、加工物の物性データ等
B社での1回の実験で良好な結果が得られた場合、この結果をもとに特許出願しましょう、という話が持ち上がるかも知れません。あるいはB社がA社に黙って単独で複数回の実験を実施し、データを揃えた上で単独で特許出願してしまうこともあり得ます。B社の単独出願を許してしまうのは、NDAは知財の取り扱いについての規定が少なくB社の行動に十分な制限が課せられないためです。
NDA運用の心構え
通常の人間関係で例えると、取引基本契約や共同研究契約を締結して長年の付き合いのある相手先を「友人」とすると、NDAのみを締結した相手先はまだ「知り合い」程度です。NDAがあるとはいえ、適度な警戒心は必要です。上記のA社とB社の例でいえば、A社から提供するサンプルは1回の実験でなくなる程度の分量を提供し、実験スケジュールを聞いてB社の実験が完了する頃に報告を受けられるように打ち合わせを設定しておくことが必要です。間違っても余分な量のサンプルを提供したり、サンプルを提供したまま放置するようなことはしてはいけません。
おわりに
NDAは頻繁に締結される契約類型であり、初めて取引をする相手と「とりあえずNDA」を結ぶケースも多いと思いますが、締結した後の運用こそが重要ではないかと私は考えています。
NDAの範囲で十分な検討ができたら、できる限り早期に共同研究契約等に発展させるべきであると思いますし、思った通りの結果が得られないなら有効期限後に秘密情報を返還・破棄して契約を更新しないか、契約書上可能であればお互いの同意の上で契約を終了させてしまった方が良いと思います。