はじめに
代表弁理士の嵐田です。
私は令和5年度の能力担保研修を受けて、10月の特定侵害訴訟代理業務試験(いわゆる付記試験)に合格しました。付記試験とは、弁理士が特許権侵害訴訟等の特定侵害訴訟の訴訟代理人となるための試験です。特定侵害訴訟に関する法令、実務、手続等に関する45時間の能力担保研修を修了することで付記試験の受験資格が得られます。付記試験の合格者は、当該試験に合格した旨の付記登録をすることで訴訟代理人としての業務が可能となります。ただし、弁理士単独で受任することはできず、代理することができるのは弁護士が同一の依頼者から受任している事件に限られます。
特定侵害訴訟代理業務試験は、特定侵害訴訟に関する訴訟代理人となるのに必要な学識及び実務能力に関する研修を修了した弁理士を対象に、当該学識及び実務能力を有するかどうかを判定するために実施するものです。
特定侵害訴訟代理業務試験の案内
本試験に合格後、日本弁理士会において本試験に合格した旨の付記を受けた弁理士は、弁護士が同一の依頼者から受任している事件に限り、その事件の訴訟代理人となることができます。
令和5年度に受験した理由
私は2010年弁理士試験合格、2011年弁理士登録なので、最短で2013年度の付記試験を受けることができました。これまで付記試験を受けてこなかった理由としては、当時企業の研究職に在籍しており、研究開発業務に集中していたこと、企業内弁理士は訴訟に関わることになっても代理人ではなく当事者になるため付記資格の必要性が低かったことが挙げられます。
一方で、改めてこのタイミングで付記試験を受けた主な理由は、「弁理士として独立したことによって特許権侵害訴訟等の相談を受ける可能性が生じたこと」です。訴訟に関する相談をいただいても、他の弁護士、弁理士の先生をご紹介することしかできず、このままでは機会損失になってしまうと考え受験する決意をしました。
研修申込から付記試験当日までのスケジュール
2022年12月~2023年1月 能力担保研修の申込~受講許可通知
2022年12月末に令和5年度能力担保研修の受講生募集に申し込みました。募集メールには「※応募者が定員を超えた場合は、令和4年8月に実施した受講調査において令和5年度の受講を「強く希望」した会員を優先し、その上で定員に余裕があるときには抽選により受講生を決定します。」とあり、私は8月のアンケートで「受講できれば受講したい」というニュアンスの回答をしていたので落選したら受講できないという不安定な状況でしたが、2023年1月末に受講可の連絡が届きました。今後、能力担保研修の受講を考えている弁理士の方は夏頃の受講調査で受講を強く希望する旨の回答をしておくことをお勧めします。
2023年2月~3月 能力担保研修開始前
eラーニングの民法・民事訴訟法の基礎研修を受講し、4月開始の能力担保研修に備えていました。受講履歴は以下の通りです。民法の1回目を視聴したのが2022/12/27で、民事訴訟法7回まで視聴し終えたのが2023/3/21でしたので1週視聴し終えるまで3ケ月かかりました。今思うと、1回通して視聴した3月末の時点では民法・民事訴訟法についてほとんど理解していませんでした。
2023年4月~6月 能力担保研修&試験対策ゼミ
全10回の能力担保研修と全9回の特定侵害訴訟代理業務試験対策ゼミ(村西弁護士主催)を受講しました。能力担保研修は前年度はオンラインで開催されたようですが、令和5年度、東京開催は全て集合研修(弁理士会館)でした。1コマ1.5時間で1日4コマある日は10:00~17:10まであり、さらには自宅起案という宿題も出されるのでそれなりに大変です。ゼミは研修の合間の週に開催され、事前に時間を測って答案作成する回があります。この時期は研修に通うこと、自宅起案・ゼミ答案を作成することで手一杯でした。
2023年7月~8月 能力担保研修の修了
能力担保研修の最後の自宅起案の提出期限は7月上旬であり、7月に入ると1日2~3コマなので研修の負担がグッと減ります。一方でゼミの方は毎回答案作成・提出が必要になり、次回のゼミが民法演習ならその前の週は民法を中心に勉強する、ということをやっていました。この時期にeラーニングの基礎研修の2週目を1.5倍速か2倍速で聞いていました。この時期の1日の勉強時間はだいたい1時間程、仕事や懇親会参加でゼロの日もありました。
2023年9月~10月 付記試験直前期
9月になって付記試験の願書を提出すると、いよいよ受験モードに入ります。暗記すべき規範を暗記カードにまとめたり、eラーニングの基礎研修の3週目を聞いたり、過去問を解いたりしていました。過去問の解答は手書きで文字を書くと時間がかかるし手が疲れるのでWordでタイプ入力していました。この時期の1日の勉強時間は2~3時間でした。
2023年10月15日 試験当日
インフルエンザが流行っていた時期であり、直前に発熱してしまったら試験が受けられないので体調管理に特に気をつけました。幸い、試験当日は万全の体調で受験することができました。試験は事例問題1と2でそれぞれ3時間、計6時間の長丁場に関わらず時間が足りないくらいのボリュームなので相当疲れます。手を挙げて試験官の許可を得ればトイレに行くことが出来ますが、スマホでカンニングをしないようにボディチェックされ、1部屋につき同時にトイレに行けるのは一人だけ(他にトイレに行っている人がいたら待たなくてはならない)のため、トイレに行く場合は余裕を持って行く必要があります。
令和5年度の試験の特徴は、過去問に比べて規範を書く空欄が極端に少ないことでした。規範の暗記は大変ではあるものの、覚えたことをそのまま答案に書けば良いサービス問題です。それが少ないということは、当日問題文を読んで考える設問が相対的に多いことになります。事例問題1(特許)では明確性要件の規範が問われましたが、明確性要件の規範は過去10年間の過去問で1回も出題されたことがなく、過去問で問われた規範を中心に暗記していた私は正確に答えることができていなかったと思います。事例問題2(商標)は結合商標の要部認定と類否判断が問われました。これらも当日問題文を良く読んで慎重に回答する必要がありました。令和6年度以降の付記試験は請求項の構成要件の解釈、商標・意匠の類否判断等の対策も十分しておく必要があり、かといって規範の暗記をおろそかには出来ないので令和5年度の試験によって対策のハードルが少し上がったのではないかと思います。
試験結果
特許庁の発表によると、令和5年度の特定侵害訴訟代理業務試験の結果は、受験志願者数が105人、受験者数が90人に対し、合格者数は61人、合格率は67.8%とのことです。令和4年度の合格率は59.1%なので前年より合格率は上がっていました。
令和5年度能力担保研修修了者の合格率は79.4%とのことなので、初回受験者の合格率は高いです。裏を返すと、2回目、3回目の受験者が全体の合格率を下げていると考えられます。付記試験は年間の受験者が100名程度しかおらず、弁理士試験のように試験対策をしてくれる予備校がないので1度落ちると情報が少なくなってしまい、モチベーションの維持も難しいためではないかと思います。
おわりに
弁理士試験合格からブランクが空いていても不利ではない
私の弁理士登録番号は17000番台ですが、能力担保研修やゼミの参加者を見ると22000番台の人が多く、若干肩身の狭い思いをしました。令和3年度弁理士試験合格者の方が最短で令和5年度の付記試験を受けられるので、この方々がマジョリティだったのではないかと思います。弁理士試験合格から日が浅いと、知的財産権法や判例の知識と勉強習慣が残っている点で有利です。しかし、付記試験は民法・民事訴訟法の基礎知識の習得と訴状・答弁書の起案に関する知識が必要であり、新しく覚えることも多いため、試験合格への意欲があり、試験勉強に割ける時間を確保できるのであればブランクは関係ないと思いました。
(参考)かかった費用
研修、ゼミ、書籍等でトータル43万円ほどかかりました。集合研修の往復の交通費、受験料等も含めると総額45万円くらいになると思います。私は受講生同士の自主ゼミには参加せず、そのかわりに村西弁護士のゼミを本ゼミとフォローアップゼミの両方受講しました。自主ゼミのみの人は金銭的にはもう少しセーブできたと思いますが、ゼミは試験対策の要点が整理されたレジュメ、先生が作成した過去問の解答集、時間を測って問題を解いて採点をしてもらえる答練があるため、確実に合格したいのであればゼミ受講は必須だと思いました。
研修・ゼミ費用
重要度 | 名称 | 価格 |
★★★★★ | 能力担保研修 | 200,000円 |
★★★★★ | 民法・民事訴訟法に関する基礎研修(eラーニング) | 24,200円 |
★★★★ | 特定侵害訴訟代理業務試験対策ゼミ(村西ゼミ) | 144,000円 |
★★★ | 特定侵害訴訟代理業務試験対策フォローアップゼミ(村西ゼミ) | 36,000円 |
合計 | 404,200円 |
テキスト・書籍代
重要度 | 書籍名 | 価格 |
★★★★★ | 弁理士・知財担当者のための民法(村西大作著) | 4,400円 |
★★★★★ | 弁理士・知財担当者のための民事訴訟法(村西大作著) | 4,400円 |
★★★★ | ポケット六法 令和5年版 | 2,200円 |
★★ | 令和3年改正民法 解説+全条文 生熊 長幸 (著, 編集) | 1,100円 |
★★ | 改正民事訴訟法 解説+全条文 上原 敏夫 (編集) | 1,320円 |
★★★ | 特許判例百選(第5版) | 2,750円 |
★★★ | 商標・意匠・不正競争判例百選(第2版) | 2,970円 |
★★ | 知的財産権と損害賠償 第3版(田村善之) | 6,600円 |
合計 | 25,740円 |