知財部員や弁理士であれば、発明者から「この発明、特許性ありますか?」という質問をされたことがあるのではないでしょうか?逆にあなたが発明者の場合、知財部員や弁理士にこのような質問をしたことがあるのではないでしょうか?私は何度かこの質問をされたことがありますが、なかなか回答が難しい質問です。
なぜなら「この発明」とは何なのか、「特許性がある」とはどういうことなのかが曖昧であり、質問者と回答者で言葉の定義の認識が異なっていれば的外れの回答をしてしまうおそれがあるからです。
「この発明」とは
発明者が言う「この発明」は、なんらかの「実験結果」を指すと考えられます。学会発表や論文投稿を控えている段階における「この発明」は「論文(学会発表)の内容」を示す場合もあります。発明者が示すデータに複数の実験結果や考察が含まれている場合、弁理士としては発明者がどの結果について特許をとりたいのか発明者に確認しなければわかりません。そこで、「この発明」の定義を明確にするために、実験データから発明の課題、発明の効果を認定した上で、「仮置きの請求項」を発明者と共同で作成するのが良いと思います。
「特許性がある」とは
「特許性がある」とは、特許になるのかというニュアンスで聞かれていると思いますので「拒絶の理由がない」と言い換えても差し支えないと思います。「拒絶の理由がない」とは、法的には特許法第49条第1項から第7項までに該当しないということになります。ただし、36条の記載要件は特許請求の範囲と明細書の書き方次第であり、29条2項の進歩性は場合によっては審判、裁判まで争うこともある判断の難しい事項のため、この段階で全ての拒絶理由について検討することは妥当ではなく、質問者もそこまで求めていないはずです。一方、29条1項各号の新規性違反に該当するかどうかは、仮置きの請求項の構成と先行文献の構成を比較することで客観的に判断することができます。
以上より、特許出願の要否を検討する段階における「特許性がある」は、「少なくとも新規性がある」と言い換えるのが良さそうです。
「この発明に特許性がある」かどうかを検討する具体例
発明者と相談して仮置きした特許請求の範囲が以下の請求項1と2だったとします。
【請求項1】
AとBとCとを含む組成物。
【請求項2】
前記Bが、b1、b2、b3及びb4からなる群より選択される少なくとも1つを含む請求項1に記載の組成物。
上記の事例において、Bの下位概念にはb1、b2、b3、b4が含まれるものとします。
上記の請求項に基づいて先行技術文献調査を行った結果、最も近いと思われる文献1には「Aとb1とCとを含む組成物」の記載がありました。先行技術を示す証拠が下位概念で発明を表現している場合、上位概念で表現された発明は引用発明として認定されるため(特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方)、仮置きの請求項1及び請求項2は文献1をもとに新規性違反と判断されてしまうおそれがあります。
そこで、少なくとも文献1に対する新規性違反を解消するため、仮置きした請求項について以下の修正案を考えました。
【請求項1】
AとBとCとを含む組成物であって、
前記Bがb2、b3及びb4からなる群より選択される少なくとも1つを含む組成物。
この請求項であれば「Aとb1とCとを含む組成物」は特許請求の範囲に含まれなくなり、文献1に対する新規性違反は解消します。一方で、例えば「Aとb2とCとを含む組成物」が文献1の「Aとb1とCとを含む組成物」に対して進歩性があるかどうかという問題は残りますが、新規性違反とは違って実験データ次第で反論の余地はあります。進歩性に不安が残るようであれば構成要件の数値範囲を限定する(AはX質量%~Y質量%)、構成要件同士の比率を特定する(A/Bの質量比等)、構成要件Dを追加する、等の対応も考えられます。
まとめ
特許は構成要件を増やして権利範囲を狭くするほど取得しやすくなるため、「この発明、特許性ありますか?」という質問に対して、「(針の先のような狭い権利範囲で良いなら)特許になります」と言い切ってしまうことも可能ですが、質問者はそんな無責任な回答を求めている訳ではありません。
知財部員・弁理士は発明者と十分にコミュニケーションを取った上で仮置きの請求項を作成し、
「この実験結果をもとに作成した請求項に、少なくとも新規性はありますか?」
という質問に置き換えて理解し、回答するのが良いのではないか、というお話でした。