こんにちは。弁理士の嵐田です。
一般に特許分析は、特定の会社に関する特許情報を収集・分析・評価し、その情報を活用して製品開発やビジネス戦略に役立てる目的で行います。特許分析の具体的な方法としては、特許データベース(例えば、特許情報プラットフォーム J-PlatPat)を利用して特許情報を収集することから始めます。ここでは、特定の会社の特許情報を調べることについて説明します。調べたい会社名が分かっているため会社名で検索すれば良く、キーワード検索、分類記号検索等による検索式を工夫する必要はないため、検索までは簡単に行うことができます。
具体的な調査手順
参考例として、人工合成による構造タンパク質素材の量産化に成功した「Spiber株式会社」の特許情報を調べてみます。具体的な手順は以下の通りです。
- 特許情報プラットフォーム J-PlatPatにアクセスする
- 「特許・実用新案/特許・実用新案検索」を開く
- テキスト検索対象で「国内文献」、「外国文献」にチェックを入れる ※1
- 検索キーワードの検索項目で「出願人/権利者/著者所属」を選択し、キーワードに「Spiber スパイバー」と入力する ※2
- 「外国文献」にもチェックを入れる理由は、日本語でなされたPCT出願は国内文献として検索にヒットしないので検索漏れを防ぐためです。
- Spiber株式会社は2015年にスパイバー株式会社から社名変更したため、社名変更以前の特許はカタカナ名義になっています。
上記の条件で検索すると、以下のような検索結果一覧が表示されます(2023/3/20時点)。
- 国内文献(数字)で、公開された国内特許文献の総数がわかります。
- 外国文献(数字)で、公開された外国特許文献の総数がわかります。
- 公知年別で、各年に何件の特許文献が公開されたかがわかります。
- FI別で、各FIに分類される特許文献の数がわかります。FIはファイルインデックスの略で、特許文献の技術分野ごとに割り振られる記号です。C07は「有機化学」、C12は「生化学;ビール;酒精;ぶどう酒;酢;微生物学;酵素学;突然変異または遺伝子工学」、D01は「天然または人造の糸または繊維;紡績」です。
- 「CSV出力」のボタンをクリックすると、CSV形式でリストをダウンロードすることができます。ダウンロードするにはログインIDとパスワードを設定する必要があります。
ここまでのプロセスで調査対象企業の特許をリスト化することができました。
ここから先は、調査目的によって収集した特許情報の利用の仕方が異なります。
特許情報の目的別利用方法
先行企業の特許戦略を参考にする(非敵対的分析)
新規事業に参入する際に、既に市場シェアを占めている企業や自社よりも少し前に参入した企業等をベンチマークとして参考にするために行う分析です。当該事業分野における技術トレンド、出願戦略(分割出願の活用状況、拒絶理由通知書に対する応答内容、外国出願の有無、外国出願の移行国等)、個々の特許文献の明細書、特に特許請求の範囲の書きぶりやクレームカテゴリー(物の発明、方法の発明、物を生産する方法の発明の別)、実施例に記載された実験内容をチェックします。化学・バイオ分野では実施例の欄を見れば具体的な実験データが記載されているため、学術論文のように読むことができます。また、よく行われている実験手法をピックアップしてまとめることで、研究開発部門に実験プロトコルの情報を提供することもできます。
競合企業の特許を回避し、技術開発傾向を予測する(敵対的分析)
競合企業の特許分析は、上記の非敵対的分析とは異なった観点で行う必要があります。
SDI調査
出願人に企業名を入れた検索も思いついた時に行うのではなく、予め検索式を立てて、検索式にヒットする特許文献が新たに公開された場合は自分宛もしくは知財部門宛にメールやチャットで届くようにしておくと便利です。このような調査をSDI調査(Selected Dissemination Information)といいます。
FTO調査
競合企業の特許が自社の事業を制限するものではないか(Freedom to operate)という観点から、登録済で放棄されていない特許と、拒絶査定が確定していない特許出願を確認します。特許権については特許請求の範囲で権利範囲が確定しているため、自社製品が特許請求の範囲の構成要件を全て充たすかどうかという観点でチェックします。審査前の特許出願は審査の過程で特許請求の範囲が補正される可能性があります。出願時の請求項が広く、そのまま登録になってしまうと自社製品が権利侵害となってしまうおそれがある場合は審査過程をチェックし、場合によっては情報提供、異議申立ても視野に入れる必要があります。自社製品が出願時の請求項の構成要件を充足していなかったとしても安心はできません。補正や分割出願は明細書の範囲内で行うことができるためです。FTO調査を行うことで、自社製品の開発段階で競合企業の特許を迂回することが可能になります。
技術開発傾向の予測
直近の特許出願傾向を見ることで、調査対象企業がどのような興味を持って研究を行っているのか、どのような企業・大学と共同研究を行っているのかを知ることができます。特許出願日から1年6月経過後に出願公開されるため、出願と公開の間にタイムラグがある点は注意が必要です。一方で例えば大学との共同研究であれば、共同研究先の先生が特許出願の公開前に学会発表や学術論文として公開している可能性があります。また、競合企業がある分野の技術開発に注力していることがわかれば、自社も負けないように同じ分野の技術開発を行うか、競合企業が注力していない他の分野の技術開発を行うかを選択することができます。予測がうまく的中して特許戦略が奏功すれば、後追いの企業でも特許で優位に立てる逆転のチャンスがあります。
調査対象企業の技術力・競争力を評価する(投資・M&A/就職・転職)
ベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップ企業等への投資を検討する場合、事業会社がスタートアップ企業等のM&A、ライセンス契約、技術移転等を検討する場合に、調査対象企業の知的財産権に関する情報の評価(知財デューデリジェンス)を行います。具体的には、調査対象企業が保有する特許、商標、著作権、デザイン権、ノウハウなどの知的財産権を評価し、その権利の有効性、範囲、出願状況、侵害訴訟の有無、使用許諾等の契約条件などについて分析します。知財デューデリジェンスにより、取引先の知的財産権に関するリスクや機会を把握し、将来のビジネス取引における戦略的意思決定を行うことができます。また、デューデリジェンスの過程で明らかになった問題や課題に対して、修正や改善策を提案することもできます。
特定企業の特許分析は、就職活動にも役立ちます。就職希望の会社の特許情報を調べることで、年間の特許出願件数、技術開発傾向がわかり、実施例を読めば具体的な実験内容がわかります。研究職として就活をしているのであれば、入社後に自分が行う研究の予測ができますし、大学院で行ってきた研究と対象企業の研究にギャップがないかを確認することができます。そして、「特許情報を調べた上で御社を志望した」ということを面接でアピールすることができます。転職の場合も同様です。企業知財部から企業知財部への転職の場合は、転職希望先企業の知財情報を調べておくことはほぼ必須と言えます。その上で自分がどのような知識とスキルを持っていて、転職先企業でどのような貢献ができるのかを面接の前に整理しておくことをお勧めします。