はじめに
代表弁理士の嵐田です。
本記事は弁理士、知財コンサルタント等の知財専門家に向けて書きました。
近年、国、地方公共団体、民間企業等がスタートアップ支援に力を入れています。国や地方公共団体がスタートアップを支援する目的は、国全体の経済成長、それに伴う雇用の創出、イノベーションの促進、社会課題の解決等です。知財業界においても、特許庁によるIPAS事業(IPBaseウエブサイト)、弁理士会によるスタートアップ支援施策(弁理士会のスタートアップ支援サイト)があります。特許庁がスタートアップ支援を行う目的は特許出願件数の増加、産業の発展、国際競争力の増加等、弁理士会がスタートアップ支援を行う目的は出願代理件数の増加、弁理士業務の拡大、弁理士の認知度向上等が考えられます。
一方、当法人を含めスタートアップ支援を掲げる特許事務所があり、個人としてスタートアップ支援活動を行う弁理士がいます。知財専門家がスタートアップ支援を行う目的・理由について考えてみました。
スタートアップに対する懸念事項
大企業とスタートアップを比較した場合、スタートアップには相対的に以下の懸念事項があります。
資力が乏しい
スタートアップは創業初期から安定した収益があることは稀で、銀行等からの借入やベンチャーキャピタルからの出資によって運営します。資金が限られており、人材の確保、営業活動、研究開発等に資金を振り分けていくと知財活動に十分な予算を割くことが難しい場合があります。特許事務所にとっての懸案事項は与信リスクです。特許事務所は手続きの際に印紙代を一時立て替えることがありますが、スタートアップの資金がショートして支払いが滞る、場合によっては回収不能となってしまうリスクを常に気に留めておく必要があります。
説明に時間がかかる
スタートアップは知的財産権の出願経験が少なく専任の担当者がいないことが多いため、特許出願の手続の流れを知らないことがあります。その場合、特許出願から権利化までの流れ、必要な費用とその費用がかかるタイミング、弁理士にどのような技術情報を提供したら良いのか等を一から説明することになります。大企業からの依頼であれば、知財部が発明者の発明の要点を汲み取って整理した資料を提供されたり、ほぼ出願できる状態まで仕上げた明細書を渡されて事務所は出願手続きをするだけ、というケースもあります。一般に、スタートアップの特許出願1件を行うまでにかかる時間は大企業の特許出願1件よりも長いといえます。
出願件数が少ない
大企業が複数件の特許出願をコンスタントに行うのに対し、スタートアップは年に1~2件の出願件数となります。大企業に比べると研究者の数が相対的に少ないため発明が生じる件数が少ないこと、特許にかけられる年間予算が限られていること等が要因です。出願・権利化の代理手続きで収益を確保したい特許事務所にとって、大企業1社と同等の売上を得るためには、複数のスタートアップと取引をする必要がある場合がります。
スタートアップ支援をするメリット
上記のような懸念事項を踏まえても、スタートアップを支援することには以下のメリットがあります。
重要な特許に関わることができる
特許庁の統計情報によると、2020年~2022年における特許出願件数の平均は289,067件、2020年~2022年における審査請求件数の平均は234,850件でした。単純計算で特許出願件数の約18.8%、件数にして約54,217件の特許出願は審査請求されずにみなし取下げとなっています。出願した特許をどう扱うかは出願人の意向であることが前提ですが、特許出願の代理人としては、自分が作成した明細書は出来れば審査請求して権利化まで行ってほしいものです。その点、スタートアップの1件目の特許出願は、その企業のコア技術に関する特許出願である可能性が高いため重要です。その特許が資金調達、助成金獲得、ライセンス契約等に活用されることになれば、自分の仕事がスタートアップの事業に貢献したことを実感できます。
企業成長による出願件数の増加
短期間に売上、従業員数が急成長するのがスタートアップです。売上、利益が増えると知財に割く予算も増加します。最初は年1~2件の特許出願件数であっても、翌年には数10件、さらに翌年には100件以上の特許出願をする可能性があります。例を挙げると、株式会社メルカリの特許出願件数は2017年は1件、2018年は4件でしたが、2019年は42件、2020年は135件と急増しています。スタートアップ支援活動を行うことで、第2のメルカリと創業初期に出会えるかも知れません。
弁理士業務の幅が広がる
出願・権利化は弁理士業務の柱となる重要業務ですが特許出願件数は年々ゆるやかに減少しているため、今後弁理士は出願・権利化以外の業務を開拓していく必要があります。そしてスタートアップを取り巻く知財に関する課題は多種多様です。私がスタートアップのために実際に行った出願以外の業務としては、大企業との共同研究契約書のレビュー、大学が保有する特許権の譲渡・ライセンス交渉に関する助言、特許出願・優先権主張出願に必要な実験データ取得の提案、早期審査請求を利用した権利化時期のコントロール、スタートアップの知財戦略をVCに説明すること等が挙げられます。スタートアップが市場において事業優位性を確保するため、知財専門家としてできるあらゆる手段をもって支援する意識が必要です。
社会課題解決に関与できる
革新的な技術を使って社会課題を解決することがスタートアップのミッションです。例えば創薬系のスタートアップであれば、難病の治療薬を開発することで、これまで治療できなかった病気が治せるようになること目指します。環境系のスタートアップであれば、CO2の削減、水質の浄化によって地球環境の改善に貢献することを目指します。そのようなスタートアップの知財に関する悩みを知財専門家として一緒に解決することで、間接的に社会課題解決に関与できるといえます。
おわりに
ストックオプションは期待しない方が良い
スタートアップ支援を行うことでストックオプションを付与してもらう。そして支援先のスタートアップがIPOすれば大きなキャピタルゲインが得られる、ということはあまり期待しない方が良いです。
第1に、ストックオプションは会社の創業期から支えた役員・従業員に優先的に付与されるものであり、外部の専門家が気軽にもらえるものではありません。第2に、1年間に新設される法人が約14万社であり1年間にIPOする企業が100社程度であることを踏まえると、仮にストックオプションが付与されたとしてもその会社がIPOする可能性は低いといえるためです。
それでも東証の上場セレモニーには立ち会いたい
ストックオプションが付与されなくても、支援先スタートアップがIPOするとなれば自分事のように喜ぶと思います。東証セレモニーに参加させていただき、一緒に集合写真におさまることができれば最高です。そのような日が来ることを夢みて日々の業務を行っていきたいと思います。
スタートアップ支援活動を行ってみよう(弁理士向け)
日本弁理士会関東会には、中小企業・スタートアップ支援委員会があり、スタートアップ向けのイベントやセミナーの企画・運営を行っております(弁理士会関東会のスタートアップ支援のページ)。私も2023年から所属して2年目になります。IPASの知財専門家に登録し、お声がかかればスタートアップのメンターとして支援活動に関わることもできます。まずは知財専門家として登録しておくことをお勧めします(IPAS事業のページ、下部にメンター応募フォームへのリンクがあります)。