はじめに
代表弁理士の嵐田です。
任天堂・ポケモンVSパルワールドの特許権侵害訴訟に関する記事を書いた反響として、「パルワールドの発売後に後出しジャンケンで権利範囲を広げて特許を成立させるのは悪質ではないか」といったコメントが少なからず見受けられました。この意見は知財関係者の一人としては意外でした。訴訟のために分割出願を活用することは常套手段であり、広く使われている有効な戦略の1つです。
分割出願とは
分割出願とは、一定の要件を満たした場合に、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上新たな特許出願として行うことができる制度です。適法に行われた分割出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなされます。
特許出願の審査において、技術的に関連性の低い2つ以上の発明が1つの出願に含まれている場合、発明の単一性違反として一部の発明に関する請求項について新規性・進歩性などの審査を行わない場合があります。発明の単一性違反を指摘されて審査が行われなかった発明についてもできるだけ保護の道を開くべきであるとの趣旨で設けられたのが分割出願制度です。
(特許出願の分割)
第四十四条
特許出願人は、次に掲げる場合に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。
一願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる時又は期間内にするとき。
二特許をすべき旨の査定(第百六十三条第三項において準用する第五十一条の規定による特許をすべき旨の査定及び第百六十条第一項に規定する審査に付された特許出願についての特許をすべき旨の査定を除く。)の謄本の送達があつた日から三十日以内にするとき。
三拒絶をすべき旨の最初の査定の謄本の送達があつた日から三月以内にするとき。
2前項の場合は、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなす。ただし、新たな特許出願が第二十九条の二に規定する他の特許出願又は実用新案法第三条の二に規定する特許出願に該当する場合におけるこれらの規定の適用及び第三十条第三項の規定の適用については、この限りでない。
(3~7項省略)
特許権侵害訴訟における充足論
特許権侵害訴訟において、被告製品が原告特許権を充足するか否かを判断することを充足論といいます。
充足論の判断は、以下の三段論法で判断されます。
(1)特許発明の特許請求の範囲を構成要件に分説する。
(2)構成要件に分説した特許請求の範囲と、被告製品を対比する。
(3)被告製品が分説した構成要件を全て充足するか否かを判断する。
原告特許権の構成要件の分説
例えば、原告の特許権1における特許請求の範囲が以下の内容とします。
特許権1
【請求項1】
Aと、Bと、Cと、Dと、を備える時計であって、Bは、b1またはb2である時計。
上記の請求項を構成要件に分説すると以下のようになります。
【請求項1】
Aと、 | 構成要件1 |
Bと、 | 構成要件2 |
Cと、 | 構成要件3 |
Dと、 | 構成要件4 |
を備える時計であって、 | 構成要件5 |
Bは、b1またはB2である | 構成要件6 |
時計。 | 構成要件7(=構成要件5) |
分説した構成要件と被告製品の対比
上記の原告特許権に対し、被告製品は以下の構成を備えているとします。
被告製品の構成
Aと、Bと、Cと、Dと、を備える時計であって、Bは、b3である時計。
被告製品の構成を、原告特許権の分説した構成要件と対比すると以下のようになります。
Aと、 | 構成要件1 充足〇 |
Bと、 | 構成要件2 充足〇 |
Cと、 | 構成要件3 充足〇 |
Dと、 | 構成要件4 充足〇 |
を備える時計であって、 | 構成要件5 充足〇 |
Bは、b1またはb2である | 構成要件6 非充足× |
時計。 | 構成要件7(=構成要件5) 充足〇 |
被告製品が分説した構成要件を全て充足するか否かを判断
上記の例でいうと、被告製品は原告特許権の請求項1の構成要件6「Bはb1またb2である」を充足しないため、原告特許権の請求項1の構成要件を全てを充足していないとなり、非侵害と判断されます。
実際の訴訟では、b1とb3は均等である、といった主張(均等論の主張)を原告が行うことがありますが、本記事の趣旨から外れてしまいますのでここでは触れないでおきます。
特許権侵害訴訟における分割出願戦略とは
原告が被告製品の存在を知り、被告製品を市場で購入してみると、被告製品が備えるBはb3であることがわかったとします。原告の特許権1は「Bはb1又はb2」であるため、特許権1で被告製品を訴えても勝てない可能性があることは原告自身も認識しておりました。一方で、特許権1の明細書には以下の記載もあります。
【XXXX】
本発明において、Bとしては、特に限定されないが、b1、b2、b3、b4、b5等が挙げられる。〇〇の観点から、Bはb1またはb2が好ましい。また、△△の観点から、Bはb3が好ましい。
原告は上記の明細書の記載を根拠に特許権1の分割出願である特許権2を以下の請求項で権利化しました。
特許権2
【請求項1】
Aと、Bと、Cと、Dと、を備える時計であって、Bは、b3である時計。
特許権2の権利化は被告製品の販売開始日より後ですが、「A、B3、C、Dを備える時計」については特許権1の明細書に明記されており、この記載を根拠に分割出願の適法性が認められるため、特許権2の出願日は特許権1と同じ日になります。被告は、特許権1の明細書を読んでいれば特許権2が後に成立することも予測できたはずであり、被告製品の販売開始後に成立した特許権2を使って被告製品を訴えることは、後出しジャンケンではありません。
特許権侵害訴訟における統計データ
パテント誌に掲載された論文「分割出願の戦略的活用事例」によると、特許権侵害訴訟に用いられた分割出願の割合は、特許出願に占める分割出願の割合より2.5倍高く、分割特許によって特許権侵害と認定された割合は30.6%であり、非分割特許によって侵害と認定された割合24.9%より5%程高いとの報告があります。
従って、統計的に見ても特許権侵害訴訟において分割した特許を権利行使に用いることは多く行わており、分割出願特許による侵害認定率も高いことがわかっています。
(2) 調査結果
ア 侵害訴訟に用いられた分割特許の割合
侵害訴訟に用いられた特許権のうち,分割特許の割合は,24.6%(98 件/399 件)であった。
比較のために,最近5 年間(2014/09/01~2019/08/31)に公開された出願に占める分割出願の割合を調べたところ,約9.6%(138709 件/1442180 件)であった。出願に占める分割出願の割合に比べて,侵害訴訟に用いられた分割特許の割合は,約2.5 倍と非常に高いことが分かった。
イ 分割特許および非分割特許の侵害認定率
分割特許について侵害と判断された割合は,30.6%(30 件/ 98 件)であった。これに対し,非分割特許について侵害と判断された割合は,24.9%(75 件/301 件)であった。分割特許の侵害認定率の方が,非分割特許の侵害認定率よりも若干高かった。
ウ 小括
以上より,特許侵害訴訟において,分割特許が用いられる割合は,出願に占める分割出願の割合に比べると極めて高く,分割特許の侵害認定率についても,非分割特許の侵害認定率に比べて若干高いという調査結果が得られた。
したがって,統計データに基けば,分割出願の戦略的な活用は積極的に試みられ,実際に奏功しているということができる。
※引用元:「分割出願の戦略的活用事例」パテント2020,Vol.73,No.1,p35-42.
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他社特許を調べる際の注意点
特許権侵害予防調査で自社製品の構成に近い他社特許を発見した場合、特許請求の範囲だけ見て非侵害だと安心してはいけない場合があります。以下の図を見てください。
(A)1件の特許出願から1件の特許権が成立している
(B)1件の特許出願から分割出願によって2件の特許権が成立している
(C)1件の特許出願から1件の特許権が成立し、1件の特許出願が残っている。
(D)1件の特許出願から分割出願によって4件の特許権が成立し、1件の特許出願が残っている。
図の(A)、(B)のパターンの場合は、成立した特許権の特許請求の範囲を見て、自社の製品が非侵害であることを確認すれば十分ですが、(C)、(D)のパターンの場合は権利化されていない特許出願が残っているため、自社製品の販売後に自社製品を権利範囲に含めるように権利化するかも知れません。そのため、他社特許の分割出願ツリーが(C)、(D)のような場合は明細書全体を読んで、自社製品が明細書に記載がない構成を含んでいることまで確認しなければいけないことになります。
逆に言うと、自社の特許出願は分割出願によって「権利化していない特許出願」を最低1件残したままにしておくことで他社に対する牽制効果が高まります。
まとめ
- 分割出願は二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる制度であり、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなされる。
- 特許請求の範囲の構成要件を全てを充足していれば特許権侵害となり、1つでも構成要件を充足していなければ非侵害となる。
- 製品の販売開始後に成立した分割出願の特許権を使って、その製品の製造・販売元を訴えることは後出しジャンケンではない。
- 統計上、特許権侵害訴訟において分割した特許を権利行使に用いることは多く行わており、分割出願特許による侵害認定率も高い。
- 分割出願によって「権利化していない特許出願」を最低1件残したままにしておくことで他社に対する牽制効果が高まる。