はじめに
代表弁理士の嵐田です。
他社商品の発売後に、に成立した分割出願の特許権を使って、その製品の製造・販売元を訴えることは有効な戦略の1つであることは以前の記事で書きました。
分割出願戦略は広く使われている有効な戦略ですが、損害賠償請求を考える上では問題があります。
損害賠償額が限定される
損害賠償請求は、特許権の設定登録日以降に発生した侵害行為に対してのみ認められるため、特許権が成立するまでの侵害行為については賠償請求が難しく、損害額が限定される場合があります。
以下の図は、B社の商品販売開始を知ったA社が分割出願を行い、B社商品が侵害となるように権利化を図った例です。この場合、B社の商品販売開始日からA社の特許が権利化されるまでの期間は損害賠償請求ができないことになります。
仮にB社の商品販売開始が1月1日、A社の特許権利化が5月1日とした場合、1月~4月の売上は損害賠償請求できませんが、5月以降の売上は損害賠償請求の対象となります。このとき、B社商品の1月~8月の売上額の合計が600万円だとします。
(1)徐々に売上が伸びるパターン
5月~8月の売上は410万円であり、1月~8月の売上の68%に相当する額が損害賠償の対象となります。
(2)平均的な売上で推移するパターン
5月~8月の売上は310万円であり、1月~8月の売上の52%に相当する額が損害賠償の対象となります。
(3)初動に大きく売り上げるパターン
5月~8月の売上は180万円であり、1月~8月の売上の30%に相当する額が損害賠償の対象となります。
上記の(1)であれば売上の7割弱が損害賠償の対象になるので良いですが、(3)であれば売上の3割しか損害賠償の対象になりません。そして、(3)の売上パターンを示す典型がゲームソフトです。一般的に、1つのゲームソフトの売上のピークは発売後1ヶ月以内であることが多いと言われています。
ゲームソフトの売上のピークが発売後1ヶ月以内である理由
1. 発売初期の需要集中
- 発売直後は、予約購入者や発売を待ち望んでいた熱心なファンによる購入が集中します。この「初動」が売上の大部分を占めることが一般的です。
- 特に話題性の高いゲームの場合、発売直後に口コミやレビューが広がり、さらに売上が加速することがあります。
2. マーケティングキャンペーン
- 発売前後には多くの広告やプロモーションが行われ、認知度が高まるため、発売直後に売上が急増します。このキャンペーン効果は短期間で最も強く現れます。
3. 初期在庫の消化
- 多くの小売業者が発売直後の需要を見越して大量の在庫を確保するため、この期間の出荷数も多くなります。
ゲームソフトの売上推移(モンスターハンター:ワールドの例)
カプコン社のIR情報にゲームソフトの販売本数のデータがありましたので具体例を見ていきます。
上のグラフは月単位ではなく年単位の売上推移ですが、「(3)初動に大きく売り上げるパターン」を示しているのがわかります。また、以下の記事によると「モンスターハンター:ワールド」は発売3日間(初週)で135.0万本を売り上げたそうです。2017年の1月単位の売上推移のデータはみつかりませんでしたが、年単位の売上推移と同様に「(3)初動に大きく売り上げるパターン」を示すと推測されます。
『モンスターハンター:ワールド』発売3日間で135万本を販売! PS4タイトルで過去最高の初動、累計販売本数も歴代トップに
まとめ
- 分割出願戦略の課題: 損害賠償請求は特許権設定日以降の侵害行為に限定されるため、初期の売上が対象外になる。
- 売上ピークと損害賠償額: ゲームソフトなど初動が重要な商品では、売上の多くが損害賠償の対象外となる可能性がある。
- 事例分析: モンスターハンターなどの初期売上データを基に、問題点を具体的に説明した。