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ディープテック・スタートアップが陥る「知財の罠」と回避策

2025 12/02
特許 スタートアップ・中小企業向け
2025年12月2日
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 ディープテック領域のスタートアップ企業にとって、技術力こそが最大の資産です。しかし、素晴らしい技術を持っていても「知財戦略」を誤れば、事業の成長が止まるばかりか、撤退を余儀なくされることさえあります。

 私はこれまで、数10社のスタートアップ企業の知財顧問やメンタリングに関わってきました。その中で、多くのスタートアップが共通して抱える「悩み」や「落とし穴」の存在に気づきました。

 本記事では、多くの事例を見てきた弁理士の視点から、ディープテック・スタートアップが押さえておくべき知財戦略の重要ポイントを解説します。

目次

「1件目の特許」の重要性とチェック体制

 創業初期のスタートアップにとって、最初に出願する特許(基本特許)は、その後の企業の命運を握ると言っても過言ではありません。しかし、ここに大きな落とし穴があります。

「チェックできない」というリスク

 特許出願経験のないスタートアップの場合、弁理士に依頼して作成された明細書(特許の書類)の内容が、自社のビジネスを将来にわたって守れるものかどうか、「チェックする能力(社内リソース)」が不足している場合があります。

 その結果、弁理士から上がってきた初稿を、十分に検討しないまま出願してしまうケースがあり得ます。もし、その特許の権利範囲が狭かったり、簡単に抜け穴が見つかるような内容だった場合、競合他社に容易に「技術の迂回」を許してしまいます。

 1件目の特許は、スタートアップにとってコア技術そのものである場合が多いはずです。 外部の知財顧問を入れるなどして、「技術とビジネスの両方を理解した視点」で明細書を作り込むプロセスが不可欠です。

「特許出願」か「ノウハウ秘匿」か?

技術を守る方法は特許だけではありません。「これは特許に出すべきか、あえてブラックボックス(ノウハウ)にすべきか?」という議論は必ず発生します。判断基準を曖昧にせず、以下の指針を持っておくことが重要です。

特許出願すべきケース

基本的に「オープンにしても、権利化して独占した方が利益になる」場合です。

  • 他社がリバースエンジニアリング等で容易に発明内容を把握できる場合
  • 他社も独自に研究すれば容易に思いつく技術である場合
  • 他社が権利侵害をした際、それを外部から容易に検出・立証できる場合

ノウハウとして秘匿すべきケース

特許は公開される代償として権利を得る制度です。公開によるデメリットが大きい場合は秘匿します。

  • 侵害の検出が困難な場合(工場内部の製造方法や温度管理など、完成品からは分からない技術)
  • 受託サービス等で自社内のみで実施し、外部に技術が流出しない場合
  • 不正競争防止法上の「営業秘密」として厳格に管理できる体制がある場合

この切り分けを間違えると、「特許公報で技術を全世界に教えてあげただけ」という最悪の事態になりかねません。

「特許調査」は事業の生命線

 「自分たちが世界初だ」と思っていても、世界のどこかで似たような技術が出願されている可能性は常にあります。

FTO調査(侵害予防調査)は必須

 自社のコア技術が、他社の特許権を侵害していないかを確認するFTO(Freedom to Operate)調査は必須です。もし他社の重要特許に抵触していた場合、製品の設計変更やライセンス料の支払い、最悪の場合は事業停止のリスクがあります。

調査は「点」ではなく「線」で行う

 特許制度には「出願から1年半は内容が公開されない」という期間があります。つまり、今日の調査では見つからなかった特許が、明日公開されるかもしれないのです。 そのため、以下の対策が有効です。

  • SDI調査(ウォッチング): 特定のキーワードや技術分野で、新たに公開された特許を定期的に自動通知させる仕組み。
  • IPランドスケープ: 競合の出願動向や市場動向を分析し、経営戦略に活かす。
  • 先行技術調査: 無駄な出願費用を抑えるため、出願前に類似技術がないか調べる。

大学発スタートアップ特有の「契約」の壁

 大学発の技術をシーズとする場合、「大学が保有する特許権」の取り扱いが大きな課題となります。

  • 大学から特許を譲り受けるのか(譲渡)、ライセンスを受けるのか(実施許諾)
  • その対価やロイヤリティはいくらが適正か

 大学側もスタートアップ側も、こうした契約交渉の相場観やノウハウが不足しているケースが多々あります。特に特許の譲渡対価やライセンス料は、公開情報が少なく相場が見えにくい領域です。 不利な契約を結ばないためにも、また、大学側と良好な関係を維持して円滑に交渉を進めるためにも、専門家のサポートを受けることを強く推奨します。

経営者が知っておくべき特許法の「時間」と「戦略」

 特許法には独特のスケジュールと制度があります。これらを「法律の知識」としてではなく、「経営の武器」として理解しておくことが重要です。

時間をコントロールする(審査請求のタイミング)

特許は、出願しただけでは権利になりません。「審査請求」をして初めて審査が始まります。

  • 早期権利化: 通常の審査は1年前後の期間がかかりますが、「早期審査制度」を利用すれば、審査結果が出るまで最短で1ヶ月程度。資金調達のアピール材料にしたい時などに有効です。
  • 戦略的先送り: 審査請求は出願から3年以内に行えばOK(優先権制度を利用した場合は4年以内)です。あえてギリギリまで審査を遅らせることで、事業のピボット(方向転換)に合わせて権利範囲を調整したり、費用の支払いを先送りにしたりする戦略も取れます。 つまり、出願から2ヶ月~5年(優先権主張等を絡めた場合)の間で、いつ権利化するかを自在にコントロールできるのです。

権利を増やし、強化する

  • 分割出願の活用: 特許査定が出た後でも、明細書の一部を切り出して別の出願(分割出願)として残しておくことができます。これにより、審査結果が確定していない「係属中」の状態を維持し、競合他社への牽制(何が権利化されるか分からない怖さを与える)に使えます。
  • 優先権主張の活用: 最初の出願から1年以内であれば、新たなデータや実施例を追加して、あとの出願を「最初の出願日」の扱いにできます(優先権主張)。まずは基本概念を出願し、1年かけてデータを補強するという戦略が可能です。

まとめ

 ディープテック・スタートアップにとって、知財は「守り」の盾であると同時に、資金調達やM&A、提携を有利に進めるための「攻め」の武器でもあります。

 技術開発と同じくらい、知財戦略にもリソースを割くべきです。もし、「今の出願方針でいいのか不安だ」「知財戦略の壁打ち相手が欲しい」とお考えの経営者様がいらっしゃいましたら、ぜひ一度当事務所にご相談ください。

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嵐田 亮
代表弁理士
中小企業、スタートアップ企業の知財業務を全力でサポートします。
特許(バイオ・化学分野)、商標、知財契約が得意です。
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