はじめに
本記事は、2023年5月20日(土)に行ったSmips講演の内容をまとめたものです。
『’22 新規上場ガイドブック グロース市場編』
東京証券取引所の上場審査については、新規上場ガイドブックが市場ごとに東証のサイトで公開されています。グロース市場のガイドブックはこちらから入手できます。上場審査は多岐に渡る項目が審査されるので、上場審査における知財活動の重要度は相対的にそれほど大きくありません。一方で、特許権侵害訴訟を提起されている等、経営活動や業績に重大な影響を与える係争・紛争を抱えている場合はそれだけで上場審査において不利になってしまいます。上場審査ガイドブックをよく読むことで、上場審査においてどのような知的財産管理、知財戦略を実施しておくべきかが理解できるようになります。
「IPO」とは
IPO(Initial Public Offering)とは、新規株式公開とも呼ばれ、会社の株式を一般の投資家に売り出すために、初めて株式市場に株式を公開することです。IPOには会社にとって以下の(1)~(3)のメリットがあります。新株予約権を割り当てられた役員・従業員にとっては一攫千金のチャンスでもあり、スタートアップで働くことの大きなモチベーションの一つでもあります。
(1)資金調達の円滑化・多様化
(2)企業の社会的信用力と知名度の向上
(3)社内管理体制の充実と従業員の士気の向上
東証グロース市場の上場審査基準
高い成長可能性
グロース市場の上場審査においては、「高い成長可能性」を有していることが認められる必要があります。高い成長可能性の有無は、申請会社の事業内容、市場環境、競争力の源泉(技術、知的財産、ブランド、ノウハウ等が含まれる)等を根拠として主幹事証券会社が判断します。
形式要件
株主数や流通株式数等、有価証券上場規程217 条1~6号、及び有価証券上場規程217 条7号において準用する205条8号から12号まで、計11の基準全てに適合することが求められます。上場審査において重要な項目ですが、知的財産との関連性はないので省略します。
実質審査基準
有価証券上場規程第219 条に掲げられる5つの適格要件について審査されます。
企業内容、リスク情報等の開示の適切性
(1)~(4)の4つの基準が示されており、以下の(2)の基準において知的財産活動との関連性があります。
(2)企業内容の開示に係る書類が法令等に準じて作成されており、かつ、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項、リスク要因として考慮されるべき事項、事業計画及び成長可能性に関する事項について投資者の投資判断上有用な事項、主要な事業活動の前提となる事項について分かりやすく記載されていること。
上記のリスク要因の具体例は以下の通りです。
- 既に特定の製品を販売あるいは開発した技術に基づき事業を行っているものの、特許権等を有していないために他社の新規参入が予想される場合、あるいは当該製品をある会社とのライセンス契約により販売している場合
- 申請会社の業績に重要な影響を与える訴訟事件が発生している場合
- 現在は何ら訴訟事件は発生していないものの、今後の業界環境の変化などにより訴訟を受ける可能性がある場合など
企業経営の健全性
知的財産との関連性はないため省略します。
企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
(1)~(5)の5つの基準が示されており、コーポレートガバナンスコード(以下、「CGC」という。)の実施について以下の(1)の基準に記載あります。スタンダード市場とプライム市場においては基本原則、原則、補充原則の全てについてGCGを実施する必要がありますが、グロース市場においては基本原則の実施のみが求められています。2021年6月のCGC改定において「知的財産」に関する内容が追加されましたが、追加されたのは補充原則3-1①と4-2②であるため、グロース市場の審査においては「知的財産」に関する項目を「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」において説明する必要はありません。将来的にスタンダード市場、プライム市場への市場変更を目指すのであれば知財担当者は、補充原則3-1①と4-2②に目を通しておくことが好ましいと言えます。
事業計画の合理性
(1)~(2)の2つの基準が示されており、以下の(2)の基準において知的財産活動との関連性があると思われます。
(2)事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていると認められること又は整備される合理的な見込みがあると認められること。
この基準に基づく審査では、申請会社の企業グループの事業計画を遂行するために必要な事業基盤の整備状況を確認することとなります。具体的には、事業計画の遂行に当たって当面必要となる、営業人員や研究・開発人員等の人的資源、事業拠点や設備等の物的資源、投資資金等の金銭資源など各種経営資源等について、審査時点の状況又は上場後の見込みから、整備されていると認められるかどうかについて確認します。
「事業基盤の整備状況」について、明文で示されておらず私の解釈になりますが、「知的財産権の管理体制の構築」も事業基盤の整備の1つであると考えられます。
その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項
(1)~(7)の7つの基準が示されており、以下の(2)の基準において知的財産活動との関連性があります。
(2)経営活動や業績に重大な影響を与える係争又は紛争を抱えていないこと。
訴訟のリスクについては「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」で説明することですが、本項目は「係争等を抱えていないこと」なので上場申請段階において紛争が発生していないことが求められています。申請会社の特許権を侵害しているおそれのある第三者に対して、原告として訴訟を提起していたとしても「紛争を抱えている」ことに該当してしまいます。ファーストリテイリング社に対してRFID特許(セルフレジ特許)の特許権侵害訴訟を提起していたアスタリスク社は、上場申請への影響を回避することを含めて事業の継続・拡大を優先するため、他社に特許権の譲渡を行いました(アスタリスク社ニュースリリース)。
上場審査における知財上のポイント
以上をまとめると、上場審査における知的財産活動においては「リスクの最小化」、「リスク情報の開示」、「競争力の確保」の3つが重要であることがわかりました。それぞれの項目について、知財実務として具体的に何を行えば良いかを以下に箇条書きで示しています。
リスクの最小化
- 申請会社の全商品・サービスについて、事業実施前に侵害予防調査を実施する
- 申請会社の主要素材や競合会社の特許等についてSDI調査を実施する
- 会社名、ブランド名、商品・サービス名について商標権を取得する
- 事業に必要な知的財産権は自社で保有する
- 規程整備の一環として職務発明規程を整備する
リスク情報の開示
- 事業に必要な知的財産権について他者(企業・大学)からライセンスを受けている場合は、契約期間、ライセンス料、契約解除等において不利な条件になっていないことを投資家が客観的に確認できるように契約書の内容を開示する
- 過去に係争があった場合、又は現在係争中である場合は弁護士や弁理士の見解を踏まえたうえで事業への影響を説明する
競争力の確保
- 知的財産は競争優位性を説明するための客観的事実の1つとなる