はじめに
人気ラーメンチェーン「AFURI」を運営するAFURI株式会社と、神奈川県の老舗酒蔵・吉川醸造株式会社が「AFURI」(阿夫利)の商標をめぐって繰り広げた一連の法廷闘争は、商標法の論点にとどまらず、「地名に由来する名称を一企業が独占できるのか」という問いを社会に投げかけた。2023年夏のSNS大炎上から始まり、複数の審判・訴訟を経て2025年末に至るまで、両社の攻防は続いている。本稿では、4件の知的財産高等裁判所判決とネット上の情報をもとに、事件の経緯と各判決のポイントを整理する。
1. 両社の背景と「阿夫利」の由来
AFURI株式会社(ラーメン店側)
AFURI株式会社は、2001年(平成13年)に最初の店舗を出店して以来、柚子塩ラーメンを看板メニューとする人気チェーンとして成長した。国内に首都圏を中心に16店舗(当時)、海外にも欧米・アジアに12店舗を展開し、直近の売上高は年間10億円〜28億円規模に達している。日清食品とのカップラーメン共同開発やECサイトでの商品販売など、事業の多角化も進めていた。
同社の店名「AFURI」は、神奈川県丹沢山系の東端に位置する大山(おおやま)の別称「阿夫利山(あふりやま)」に由来する。大山の麓から湧き出る清らかな水をラーメンスープの仕込み水に使用したことにちなんで名付けられた。
吉川醸造株式会社(酒蔵側)
吉川醸造は、神奈川県伊勢原市に隣接する厚木市に所在する酒蔵である。同社が製造販売する日本酒「雨降(あふり)」もまた、丹沢山系大山(古来「雨降山=あめふりやま」と呼ばれた)の水を原料として使用していることに由来する。「雨降」の銘柄名は、大山阿夫利神社の神職がつけたものとされる。
つまり、両社とも同じ「阿夫利山」を共通のルーツとしながら、異なる業種で「AFURI」「雨降(あふり)」という名称を使用していた。
2. 商標登録の経緯
事件を理解するうえで、各商標の登録経緯を時系列で整理する。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2001年 | AFURI社、最初のラーメン店舗を出店 |
| 2019年4月24日 | AFURI社、「AFURI」を第21類・第25類・第33類(清酒等)で商標出願 |
| 2020年4月14日 | AFURI社の「AFURI」商標が設定登録(登録第6245408号) |
| 2021年1月27日 | 吉川醸造、「雨降」を第33類(清酒等)で商標出願 |
| 2021年2月頃 | 吉川醸造、AFURI社側に「雨降」名称の日本酒販売について連絡 |
| 2021年6月30日 | 吉川醸造の「雨降」商標が設定登録(登録第6409633号) |
| 2022年5月6日 | AFURI社、「AFURI」「阿夫利」を第32類(ビール等)・第33類で出願(登録第6609896号) |
| 2022年7月15日 | AFURI社、「阿夫利」を第32類・第33類で出願(登録第6646765号) |
| 2022年8月頃 | AFURI社が吉川醸造に商標権侵害を主張する文書を送付 |
| 2022年8月22日 | AFURI社、吉川醸造の「雨降」商標の無効審判を請求 |
3. 2023年夏の炎上――SNSを巻き込んだ大論争
吉川醸造の公表と世論の反応
2023年8月、吉川醸造が公式サイトで「AFURI株式会社からの提訴について」と題したプレスリリースを公表したことで、事件は一気に社会の注目を集めた。
吉川醸造によると、AFURI社から届いた文書には、「AFURI」商標の使用がAFURI社の著名性にフリーライド(ただ乗り)しその商標権を侵害するものであること、商品すべての廃棄処分を要求することなどが記載されていたという。両社は弁護士を交えた協議を重ねたが折り合いがつかず、AFURI社が吉川醸造に対して商標権侵害訴訟を東京地方裁判所に提起した(令和5年(ワ)第70297号)。
この情報がSNSで拡散されると、「地名由来の名称を一企業が独占するのはおかしい」「大企業が地方の老舗酒蔵をいじめている」といった批判がAFURI社に集中し、「強欲ラーメン屋」というハッシュタグがトレンド入りするなど、大規模な炎上に発展した。一方で、「商標権者として権利行使は当然」「法的に正当な手続きだ」という擁護意見もあり、世論は二分された。
AFURI社代表の対応
AFURI社の中村比呂人代表は取材に対し、「私、間違ってるでしょうか?」と語り、提訴は正当な手続きであるとの立場を崩さなかった。しかし、炎上対応において後手に回ったことで、ブランドイメージへのダメージは避けられなかった。
4. 一連の裁判・審判の概要と結果
AFURI商標事件では、民事訴訟(商標権侵害訴訟)に加え、複数の無効審判とその審決取消訴訟が並行して進行した。以下、本フォルダに収録された4件の知財高裁判決を中心に整理する。
【判決1】令和6年5月16日 知財高裁判決(令和5年(行ケ)第10122号)
概要: AFURI社(原告)が、吉川醸造の「雨降」商標(登録第6409633号)の無効を求めて提起した審決取消訴訟。
背景: AFURI社は2022年8月に「雨降」商標の無効審判を請求したが、特許庁は2023年9月に「請求は成り立たない」との審決を下した。AFURI社はこの審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。
AFURI社の主張: – 「雨降」からは「アフリ」の称呼が生じ、引用商標「AFURI」と称呼が共通する(商標法4条1項11号) – 両商標はいずれも「丹沢山系大山の通称『阿夫利山(雨降山)』」の観念を生じ、観念が共通する – AFURI社の使用商標は周知著名であり、混同を生ずるおそれがある(同10号・15号) – 吉川醸造には不正の目的がある(同19号・7号)
裁判所の判断(AFURI社の請求棄却): – 外観: 漢字「雨降」と欧文字「AFURI」は明らかに異なる – 称呼: 「雨降」から「アフリ」の称呼が生じないとはいえないが、生じるとも直ちにいえない。仮に称呼が共通する余地があるとしても、外観及び観念の相違がそれを凌駕する – 観念: 「雨降」は「雨の降ること」等の観念を生じるが、「AFURI」は特定の観念を生じない造語であり、観念は相違する – 周知著名性: 使用商標が周知著名であるとまで認めるに足りない – 不正目的: 両商標が類似しない以上、前提を欠く
結論: 「雨降」と「AFURI」は非類似の商標であり、吉川醸造の「雨降」商標は有効。AFURI社の敗訴。
ポイント: この判決は、漢字「雨降」とローマ字「AFURI」が外観・観念で大きく異なることを重視し、たとえ称呼に共通する余地があっても非類似と判断した。AFURI社のラーメン事業の周知性についても、日本酒分野での周知著名性としては不十分とされた。
【判決2】令和7年10月30日 知財高裁判決(令和7年(行ケ)第10038号)
概要: 吉川醸造(原告)が、AFURI社の「AFURI」商標(登録第6245408号、第33類・清酒等)の無効を求めて提起した審決取消訴訟。
背景: 吉川醸造は2023年8月に「AFURI」商標の無効審判を請求したが、特許庁は2025年3月に「請求は成り立たない」との審決を下した。吉川醸造はこの審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。
吉川醸造の主張: – 「AFURI」は「阿夫利山地域」の名称をローマ字表記したものにすぎず、商品の産地・販売地を表示するものであるから識別力がない(商標法3条1項3号) – 阿夫利山地域以外の地域で生産された日本酒に使用すれば品質誤認を生ずる(同4条1項16号) – AFURI社は阿夫利山地域の事業者が「阿夫利」の語を使用できなくなることを把握しながら商標登録出願を行っており、公序良俗に反する(同4条1項7号)
裁判所の判断(吉川醸造の請求棄却):
3条1項3号: 「阿夫利」の語が原告主張の「阿夫利山地域」を指す地名であるとは認められない。辞書や地図に「阿夫利」が地域名として掲載されておらず、「大山」ないし「阿夫利神社」にちなんだ使用にとどまる
4条1項16号: 「AFURI」は地理的名称を直接的に表すものではなく、品質誤認のおそれは認められない
4条1項7号: AFURI社が既存のブランド戦略の拡張として商標出願を行ったことについて、社会的相当性を欠くとまではいえない。先願主義の原則のもと、他の事業者の使用を知っていたことだけでは出願が違法とはならない
結論: AFURI社の「AFURI」商標登録は有効。吉川醸造の敗訴。
ポイント: この判決は、「阿夫利」が地域名として一般に認識されていないと認定した点が重要である。伊勢原市商工会の会報名、校歌、建造物名等での使用例があっても、それは「大山」「阿夫利神社」にちなんだものであって、「阿夫利山地域」という地域の通称としての認識には至っていないと判断された。なお、AFURI社が吉川醸造に対して商標権侵害訴訟を提起し、「阿夫利コーヒー」を営もうとする事業者に使用を許可しなかった事実についても、商標権に基づく権利行使であるとして、直ちに社会的相当性を欠くとは評価されなかった。
【判決3】令和7年12月23日 知財高裁判決(令和7年(行ケ)第10066号)
概要: AFURI社(原告)が、自社の「AFURI/阿夫利」二段書き商標(登録第6609896号、第32類・第33類)の一部無効審決の取消しを求めた訴訟。
背景: 吉川醸造が2023年9月にAFURI社の「AFURI/阿夫利」商標の無効審判を請求し、特許庁は2025年5月に、第32類「ビール」及び第33類「全指定商品」について登録を無効とする審決を下した。AFURI社がこの審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。
引用商標: 「阿夫利大山」(登録第4651814号、第33類)
裁判所の判断(AFURI社の請求棄却=無効審決を維持): – 観念: 本件商標の「阿夫利」は、少なくとも一部の取引者・需要者に「阿夫利山」「大山」を想起させる。引用商標「阿夫利大山」も全体として「阿夫利山」を想起させる。両者は一定程度の類似性を有する – 外観: 「阿夫利」の文字が共通し、「阿夫利」が一般に採用されることが想定し難い語であることを考慮すると、一定程度の類似性がある – 称呼: 語頭の「アフリ」が共通しており、識別上重要な共通性がある – 日本酒分野での知名度: AFURI社の日本酒は合計360ケースの製造にとどまり、宣伝広告費やメディア紹介の資料もなく、無効対象指定商品との関係でのブランド知名度は不明
結論: AFURI社の「AFURI/阿夫利」商標は、ビール及び酒類について「阿夫利大山」商標と類似するため無効。AFURI社の敗訴。
ポイント: この判決は判決1とは異なる結論に至った。判決1では「雨降」と「AFURI」という外観が大きく異なる商標間の比較であったのに対し、本件ではAFURI社自身の商標に「阿夫利」の漢字が含まれていたため、引用商標「阿夫利大山」との類似性が認定されやすくなった。特に、「阿夫利」という語が一般的でない特徴的な文字列であることが、類似性判断で重視されている。
【判決4】令和7年12月23日 知財高裁判決(令和7年(行ケ)第10067号)
概要: AFURI社(原告)が、自社の「阿夫利」商標(登録第6646765号、第32類・第33類)の一部無効審決の取消しを求めた訴訟。判決3と同日に言い渡された姉妹事件。
背景: 判決3と同様に、吉川醸造の無効審判請求に基づき、特許庁が第32類「ビール」及び第33類「全指定商品」について登録を無効とする審決を下した。
裁判所の判断(AFURI社の請求棄却=無効審決を維持):
判決3とほぼ同一の判断枠組みにより、「阿夫利」と引用商標「阿夫利大山」は観念・外観・称呼のいずれにおいても一定程度の類似性を有し、互いに紛れるおそれがある商標であるとされた。
結論: AFURI社の「阿夫利」商標は、ビール及び酒類について無効。AFURI社の敗訴。
5. 判決の全体像と分析
勝敗表
| 判決 | 原告 | 被告 | 争点 | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|
| AFURI | 吉川醸造 | ||||
| 判決1(R6.5.16) | AFURI社 | 吉川醸造 | 「雨降」商標の無効 | 〇 | |
| 判決2(R7.10.30) | 吉川醸造 | AFURI社 | 「AFURI」商標の無効 | 〇 | |
| 判決3(R7.12.23) | AFURI社 | 吉川醸造 | 「AFURI/阿夫利」商標の無効 | 〇 | |
| 判決4(R7.12.23) | AFURI社 | 吉川醸造 | 「阿夫利」商標の無効 | 〇 | |
分析
4件の判決を通じて見えてくるポイントは以下のとおりである。
1. 「雨降」と「AFURI」は非類似だが、「阿夫利」と「阿夫利大山」は類似
判決1は、漢字「雨降」とローマ字「AFURI」は文字種が異なり、外観・観念が大きく異なるため非類似と判断した。一方、判決3・4は、AFURI社が後から出願した「阿夫利」を含む商標が、既存の「阿夫利大山」商標と「阿夫利」の部分で外観・称呼・観念が共通するため類似と判断した。
この差は、比較対象となる商標の構成の違いから生じている。「AFURI」(ローマ字のみ)は「雨降」(漢字のみ)と明確に区別できるが、「阿夫利」(漢字)は「阿夫利大山」(漢字)と共通性が高いのである。
2. 「阿夫利」は地名とは認められなかった
判決2において、吉川醸造は「阿夫利」が地域名であるから「AFURI」は識別力を欠くと主張したが、裁判所は、辞書や地図に「阿夫利」が地域名として掲載されていないこと、「大山」や「阿夫利神社」にちなんだ使用にとどまることを理由に、この主張を退けた。
3. AFURI社のラーメン事業は一定の知名度があるが、酒類分野では不十分
判決3・4では、AFURI社のラーメン事業は国内外に三十前後の店舗を構え、年間売上28億円超、テレビ等での多数の紹介があり、一定の知名度を有すると認定された。しかし、日本酒は合計360ケースの製造にとどまり、酒類分野でのブランド知名度は不明とされた。これがAFURI社にとって不利に働いた。
4. 先願主義の原則と商標戦略の重要性
判決2は、他の事業者の使用を知りつつ商標出願をしたことだけでは公序良俗に反しないと判断し、先願主義の原則を重視した。一方で、AFURI社が酒類分野で後から「阿夫利」漢字入りの商標を出願したことが、既存の「阿夫利大山」商標との衝突を招いた。商標戦略において、出願のタイミングと構成の選択が極めて重要であることを示す事例である。
6. 事件の現在地と今後の展望
2025年末時点で、以下の訴訟・審判が確認されている。
- 東京地裁の民事訴訟(令和5年(ワ)第70297号):AFURI社が吉川醸造に対して提起した商標権侵害訴訟は、依然として係属中と見られる。AFURI社の「AFURI」商標(登録第6245408号)自体は判決2で有効と認められたが、吉川醸造の「雨降」使用がこの商標を侵害するかは別途判断が必要である。
- 不正使用取消審判(取消2024-300477):AFURI社が吉川醸造の「雨降」商標について不正使用取消審判を請求している。
- 判決3・4の上告可能性:AFURI社の「AFURI/阿夫利」及び「阿夫利」商標がビール・酒類について無効とされたことに対し、AFURI社が上告する可能性がある。
今後の民事訴訟の結果次第では、吉川醸造の「雨降(あふり)」日本酒の販売継続の可否に直接影響する可能性がある。
7. おわりに
AFURI商標事件は、単なる二社間の紛争を超えて、以下のような重要な論点を提起している。
- 地名由来の名称と商標権の関係: 「阿夫利」のように特定の地域に由来する名称を一企業が商標として独占できるか。裁判所は現時点で「阿夫利」は地名として一般に認識されていないと判断したが、地域住民や事業者にとっては身近な名称であることも事実である。
- 異業種間での商標の共存: ラーメン店と酒蔵という異なる業種で同じ読みの商標が共存できるか。判決1は「雨降」と「AFURI」の共存を認める方向の判断であったが、AFURI社が酒類分野に進出して「阿夫利」を含む商標を出願したことで、衝突が生じた。
- SNS時代の商標紛争: 法的には正当な権利行使であっても、その方法や態度次第でSNS上で大きな批判を浴び、ブランドイメージが毀損されるリスクがある。AFURI社の事例は、企業の法務戦略と広報戦略の連携の重要性を示している。
この事件の最終的な決着にはまだ時間を要すると思われるが、商標法の実務に携わる者にとって、そして地域に根ざしたブランドを守りたいと考える事業者にとって、多くの示唆を含む重要な事例である。
参考情報
判決文
- 知財高裁 令和6年5月16日判決(令和5年(行ケ)第10122号)――「雨降」商標無効審決取消請求事件
- 知財高裁 令和7年10月30日判決(令和7年(行ケ)第10038号)――「AFURI」商標無効審決取消請求事件
- 知財高裁 令和7年12月23日判決(令和7年(行ケ)第10066号)――「AFURI/阿夫利」商標無効審決取消請求事件
- 知財高裁 令和7年12月23日判決(令和7年(行ケ)第10067号)――「阿夫利」商標無効審決取消請求事件

