はじめに
弁理士法人シアラシア 代表の嵐田です。
2022年中には、「ゆっくり茶番劇」、「ラブライバー」等の商標権について、第三者が商標登録出願又は商標登録をしたことによる炎上騒動がありました。この件に関して商標法自体に関心を持つ方もいらっしゃるようなので、Q&A形式で解説しました。
商標に関するQ&A
- なぜ早い者勝ちで商標登録できてしまうのか?
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日本は登録主義を採用しているからです。
商標には使用主義と登録主義という2つの考え方があります。
使用主義は、商標を先に使用していた人に権利が生じるという考え方で、登録主義は商標を先に出願した人に権利が生じるという考え方です。使用主義の方が一般的に馴染みやすい考え方ではあるのですが、商標を先に使用したことを証明することが困難なため、日本を含む多くの国では登録主義を採用しています。登録主義であっても、使用していない商標は保護に値しないため、3年間不使用の場合は不使用取消審判の対象になる等の使用主義的な規定も採用されています。 - なぜ流行らせた本人ではないのに登録できてしまうのか?
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商標法上の拒絶理由がなかったから登録になった。
商標の審査では、既に登録されている他人の商標権と同一・類似の商標は登録にならないため、既存の商標権と同一・類似かどうかをデータベースでチェックします。また、未登録であっても他人の周知商標は登録にならないという規定(商標法4条1項10号)があります。「ゆっくり茶番劇」は、誰か特定の法人・個人が使っていたのではなく、複数の動画投稿者が使用して形成した一ジャンルであったため、周知性以前に「他人の」という要件からは外れてしまったのだと思います(4条1項15号、19号も「他人の」という要件があります)。本件に拒絶理由があるとすれば「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標(商標法3条1項6号)」に該当する可能性があると思いますが、審査では該当しないと判断されました。 - 検索ヒット数が数万件あれば十分周知じゃないの?
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商標審査上、周知性の判断には検索ヒット件数だけでは不十分。
ネット検索のヒット件数は周知性を示す事実の一つではありますが、それが全てではありません。需要者、取引者の間で商品・役務の使用であることがわかる記事でなければならず、検索でヒットした情報には多くのノイズが含まれています。また、ある商標の使用による出所表示機能性の獲得や周知・著名性の立証資料としても、インターネット上の使用を示す資料が利用されるが、ウェブサイト搭載は単なる一使用例であって、そのことをもって、当該商標の出所表示機能性や周知・著名性の獲得について、特段寄与することになるものではない。インターネットの機能上、誰でも、どこでも検索可能ということだけで、直ちには実際の当該取引者や需要者への浸透には繋がらない。別途、使用期間や使用地域、商品の販売数量、宣伝広告回数等の立証が必要である。
インターネット時代と商標の使用等−裁判例にみるインターネットと商標を巡る事件未登録商標の周知性は、審査では以下の事実を総合勘案して判断されます。
①出願商標の構成及び態様
②商標の使用態様、使用数量(生産数、販売数等)、使用期間及び使用地域
③ 広告宣伝の方法、期間、地域及び規模
④出願人以外の者による出願商標と同一又は類似する標章の使用の有無及び使用状況
⑤商品又は役務の性質その他の取引の実情
⑥需要者の商標の認識度を調査したアンケートの結果
商標審査基準第2 第3条第2項 使用による識別性 - 既に公知の用語は商標登録できないはずでは?
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特許と混同しています。
発明は論文等で公開されてしまうと新規性を失って特許になりません。商標は公知の用語であっても、先登録商標がなければ登録になります。 - 異議申立て期間が終わってから公表するのは悪質では?
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商標掲載公報を見逃した方が悪いということになります。
商標は登録されると商標掲載公報が発行され、2か月間異議申立てできるようになります。異議申立て期間が長いと権利不安定状態が長くなってしまうので安心して商標を使用できる状態に早くして欲しいという商標権者のニーズに応えて商標掲載公報発行から2か月間という期間が設定されました。 - 先使用権があるから大丈夫
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先使用権は抗弁であり、周知性も必要となるため適用のハードルは高い。
商標登録前に「ゆっくり茶番劇」を動画等で使用していたからといって、先使用権があると胸を張って言えるものではありません。先使用権は訴訟の際に抗弁として主張するものであり、認められるかどうかは裁判所の判断になります。さらに「需要者の間に広く認識されている(周知性)」ことが求められ、適用のハードルは高いです。 - 代理人はなぜ悪意のある商標出願の代理を引き受けた?
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特許事務所にとって商標出願代理は日常業務であり、依頼者に不正な利益を得る目的があったことまで見抜けなかったと思われる。
代理人は、出願依頼を受けた商標の登録可能性を特許庁のデータベースや検索エンジンで調査し、先登録商標が見つからなかったのであれば、その旨を依頼者にアドバイスして出願します。代理人のコメントを読む限り、出願段階における代理人の判断・行動に違法性は見当たりません。特許庁の審査に対してどう対応するかを考えるのが弁理士の主な業務であり、商標が登録された後の世間に対する影響までは考えが及ばなかったのだと思います。
おわりに
当法人では、商標登録出願の代理を行っております。経営者の方、個人事業主の方、中小企業の管理部門の方で、会社名・屋号、主要な商品名、サービス名の商標登録を行っていない場合はなるべく早めに商標登録出願を検討されることをお勧めします。