はじめに
任天堂株式会社と株式会社ポケモンは、共同して、株式会社ポケットペアが開発・販売するゲーム『Palworld / パルワールド』が複数の特許権を侵害するとする特許権侵害訴訟を2024年9月18日に提起したと発表がありました。
2024年9月19日時点で訴状は公開されておらず、判決文が公開されるとしても1年以上先のことになります。そのため、「複数の特許権」が具体的にどの特許を指しているのかはわかりません。一方で、公開されている情報から「複数の特許権」がどの特許権をのことなのかある程度推測することができます。
候補特許の絞り込み
J-PlatPatで「出願人/権利者/著者所属」に「任天堂」、「ポケモン」を入力してAND検索すると特許出願人/特許権者に任天堂㈱と㈱ポケモンが含まれる特許が35件ヒットします(2024年9月23日時点)。35件の中には拒絶査定となった特許が1件あります(たった1件しかないというのも驚きですが)。拒絶査定の1件を除く34件の特許を、分割出願、優先権主張出願でもともとは1つの発明に由来する特許群(以下、「ファミリー」といいます)に分類すると計11ファミリーありました。34件の特許の請求項1を1件ずつ読み、パルワールドに関連していそうな特許を以下の表の赤枠2ファミリーに絞りました。
ちなみに特許7398425、特許7349486は任天堂㈱と㈱ポケモン以外に㈱ゲームフリークという会社が権利者に含まれていますが、経過情報を見ると名義変更がなされていて任天堂㈱と㈱ポケモンの二社に変更されています。
候補特許となる2ファミリーの概要
上記で絞り込んだ2ファミリーの概要は以下の通りです。
ファミリー1 フィールドキャラクタの捕獲、フィールドキャラクタとの戦闘
ファミリー1には、特許7545191、特許7493117、特許7505854、特許7505852、特許7398425、特開2024-059945の特許権5件、特許出願1件が含まれます。
ファミリー1は、捕獲アイテムをフィールドキャラクタに投げ当ててフィールドキャラクタを捕獲する、又は捕獲したキャラクタを戦闘キャラクタとしてフィールドキャラクタ向けて投げると戦闘キャラクタとフィールドキャラクタの間で戦闘が開始される技術に関する一連の特許です。2022年1月22日にリリースされた『Pokémon LEGENDS アルセウス』で使われているシステムのようです。
ファミリー2 搭乗オブジェクトへの搭乗と移動
ファミリー2には、特許7528390、特許7490873、特許7349486、特開2024-098000の特許権3件、特許出願1件が含まれます。
ファミリー2は、プレイヤキャラクタが搭乗オブジェクトに搭乗して空中、水中、地上を移動することに関する一連の特許です。こちらも『Pokémon LEGENDS アルセウス』において”ポケモンライド”として使われています。
候補特許 出願・登録の時系列
ファミリー1とファミリー2の出願時の経緯をまとめると以下の図のようになります。
ファミリー1とファミリー2は実は出願日が同一でした。内容的には似通っているものの、同一発明ではないため2件に分けて出願したものと思われます。また、ファミリー1とファミリー2の最初の出願日は『Pokémon LEGENDS アルセウス』の初リリース日の約1ヵ月前であり、『Pokémon LEGENDS アルセウス』における特徴的なシステムを出願したものであることが伺えます。
『パルワールド』リリース前に特許査定になった特許権
ファミリー1の特許7398425、ファミリー2の特許739486、特許7490873は『パルワールド』の初リリース日より前に審査請求され、登録になった特許です。特許7490873は、厳密には『パルワールド』のリリース後に特許査定になりましたが、審査で拒絶理由通知書が送られることなく特許査定になったので、審査段階で『パルワールド』を意識した補正をすることができなかったと考えられます。
『パルワールド』リリース後に審査請求して特許査定になった特許権
ファミリー1の特許7545191、特許7493117、特許7505854、特許7505852の4件、ファミリー2の特許7528390は『パルワールド』の初リリース日(2024/1/19)後に早期審査制度を利用して審査請求し、2024年9月までに特許査定となった特許です。おそらく原告関係者の方が『パルワールド』を実際にプレイして、上記2ファミリーの特許の明細書から『パルワールド』で使われているシステムを特定し、ピンポイントで権利化を図ったことが推測されます。
審査請求していない特許出願
ファミリー1の特願2024-031879、ファミリー2の特願2024-078315は審査請求していません。今後の訴訟の過程で被告側から出される反論や、特許権の構成要件を回避する『パルワールド』のアップデートによる設計変更があったとしても、明細書の範囲内で請求項を補正して権利化し、設計変更後も権利侵害となるような手段を残していると考えられます。
『パルワールド』リリース後に審査請求して特許査定になった特許権の具体的内容
上記の「『パルワールド』リリース後に審査請求して特許査定になった特許権」5件について以下の図のように整理しました。5件のうち3件について具体的に説明します。
特許7493117
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
第1のモードにおいて、
方向入力である第1の操作入力に基づいて、仮想空間内における照準方向を決定させ、
第2の操作入力が行われた場合に、前記照準方向を仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタに向けさせるとともに、第1の指標を表示させ、
第3の操作入力に基づいて、前記照準方向に前記フィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムを放つ動作をプレイヤキャラクタに行わせ、
前記捕獲アイテムが前記フィールドキャラクタに命中した場合、捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中したフィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させ、
前記第1の指標は、前記捕獲成功判定の肯定判定し易さを示す情報である、ゲームプログラム。
捕獲アイテム(『パルワールド』では”スフィア”という名前)をフィールドキャラクタに向けて構えると、捕獲可能性が表示されます。当該表示は特許7493117の請求項1の「第1の指標を表示させ、前記第1の指標は、前記捕獲成功判定の肯定判定し易さを示す情報である」に該当する可能性があります。
特許7505854
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
第1の場面において、
操作入力に基づいて、仮想空間内における照準方向を決定させ、当該照準方向に向けて戦闘を行う戦闘キャラクタを放つ動作をプレイヤキャラクタに行わせ、当該戦闘キャラクタと前記仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタとの前記フィールド上における戦闘を開始させ、
前記フィールドキャラクタと前記戦闘キャラクタが非戦闘状態または戦闘中における第2の場面において、
操作入力に基づいて、前記照準方向を決定させ、当該照準方向に向けて前記フィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムを放つ動作を前記プレイヤキャラクタに行わせ、
前記捕獲アイテムが前記フィールドキャラクタに命中した場合、前記捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中したフィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させる、ゲームプログラム。
【請求項2】
前記コンピュータに、さらに、
前記フィールドキャラクタの位置に対応して設定される位置に、少なくとも体力に関する当該フィールドキャラクタの状態を示す指標を表示させ、
前記フィールドキャラクタの状態に応じて、前記捕獲成功判定における捕獲し易さを変化させる、請求項1記載のゲームプログラム。
『パルワールド』では、手持ちの戦闘キャラクタをフィールドに出現させ、フィールドキャラクタと戦わせることができます。プレイヤキャラクタも銃やボウガンを持ってフィールドキャラクタにダメージを与えることができます。フィールドキャラクタの体力が一定値以下になると赤いゲージになり、この状態になると捕獲確率があがります。これらは特許7505854の少なくとも請求項1、請求項2の実施に該当する可能性があります。
特許7528390
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
仮想空間内において、操作入力に基づいてプレイヤキャラクタを制御させ、
前記プレイヤキャラクタが所有する所有キャラクタのうち、前記プレイヤキャラクタが搭乗可能な複数種類の搭乗キャラクタのいずれかが選択されて搭乗指示が行われた場合、前記プレイヤキャラクタを当該選択された前記搭乗キャラクタに搭乗させて、移動可能な状態にさせ、
前記プレイヤキャラクタが空中にいるときに第1の操作入力が行われた場合、前記プレイヤキャラクタを前記搭乗キャラクタのうち、空中を移動可能な空中用搭乗キャラクタに搭乗させて、空中において移動可能な状態にさせ、
前記プレイヤキャラクタが前記空中用搭乗キャラクタに搭乗中に、操作入力に基づいて前記空中用搭乗キャラクタに搭乗した前記プレイヤキャラクタを空中において移動させる、ゲームプログラム。
【請求項2】
前記搭乗キャラクタは、地上を移動可能な地上用搭乗キャラクタと、水上又は水中を移動可能な水上用搭乗キャラクタとをさらに含む、請求項1に記載のゲームプログラム。
【請求項3】
前記コンピュータにさらに、
前記プレイヤキャラクタが所定の基準を超える高さから、又は、所定の基準を超える速度で空中から地面に落下した場合に、前記プレイヤキャラクタに所定のダメージを与えさせる、請求項1又は2に記載のゲームプログラム。
【請求項4】
前記コンピュータにさらに、
前記プレイヤキャラクタに他のキャラクタの捕獲を行わせ、捕獲された当該キャラクタを前記所有キャラクタとさせる、請求項1から3のいずれか記載のゲームプログラム。
『パルワールド』では、捕獲したキャラクタ(パル)をフィールドに出現させ、プレイヤキャラクタが搭乗することで移動が楽になります。搭乗できるキャラクタとして鹿やイノシシのような地上タイプ、水上を移動できる水中タイプ、鳥等の空を飛ぶことができる空中タイプがいて、プレイヤキャラクタを搭乗させることができます。空中キャラクタに搭乗中にある程度の高さまで上昇し、搭乗を解除すると地面に向けて落下し、落下ダメージがあることを確認しました。これらは、特許7505854の少なくとも請求項1~4の実施に該当する可能性があります。
『パルワールド』リリース前に特許査定になった特許権ではダメなのか
『パルワールド』がリリースされる前に成立した特許権の請求項は、例えば以下のとおりです。
特許7398425
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
第1の操作入力に基づいて、少なくとも第1のモードと第2のモードとを切り替えさせ、
前記第1のモードにおいて、
第2の操作入力に基づいて、仮想空間内における照準方向を決定させるとともに、
第3の操作入力に基づいて、仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタに影響を与えるアイテムを前記照準方向に向けてプレイヤキャラクタに放たせ、当該フィールドキャラクタが配置されている場所に当該アイテムが放たれた場合に、当該フィールドキャラクタに対して当該アイテムに関連付けられた効果を与え、
前記第2のモードにおいて、
前記第2の操作入力に基づいて、前記照準方向を決定させるとともに、
前記第3の操作入力に基づいて、戦闘を行う戦闘キャラクタを前記照準方向に向けて前記プレイヤキャラクタに放たせ、前記フィールドキャラクタが配置されている場所に当該戦闘キャラクタを放たれた場合に、当該フィールドキャラクタと当該戦闘キャラクタとの前記フィールド上における戦闘を開始させ、
前記アイテムは、前記フィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムを少なくとも含み、
前記コンピュータに、さらに、
前記第1のモードにおいて放たれた前記捕獲アイテムが前記フィールドキャラクタに命中した場合、前記捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中したフィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させる、ゲームプログラム。
ここで、「第1の操作入力に基づいて、少なくとも第1のモードと第2のモードとを切り替えさせ、」という構成要件が問題になります。『パルワールド』では、捕獲アイテムを構える第1のモードと、戦闘キャラクタを構える第2のモードは別の操作入力に基づいて行われます。つまり、第1のモードと第2のモードを切り替える操作がありません。
それでは特許7398425を分割して『パルワールド』のリリース後に成立した特許7505852の請求項はどうなっているでしょうか。
特許7505852
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
第1のモードにおいて、
方向入力に基づいて、仮想空間内における照準方向を決定させ、
押下している操作ボタンを離す操作入力に基づいて、仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムを前記照準方向に向けてプレイヤキャラクタに放たせ、
前記捕獲アイテムが前記フィールドキャラクタに命中した場合、前記捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中したフィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させ、
第2のモードにおいて、
方向入力に基づいて、前記照準方向を決定させ、
押下している操作ボタンを離す操作入力に基づいて、戦闘を行う戦闘キャラクタを前記照準方向に向けて前記プレイヤキャラクタに放たせ、前記フィールドキャラクタと戦闘可能な場所に当該戦闘キャラクタが放たれた場合に、当該フィールドキャラクタと当該戦闘キャラクタとの前記フィールド上における戦闘を開始させる、ゲームプログラム。
特許7505852では、「第1の操作入力に基づいて、少なくとも第1のモードと第2のモードとを切り替えさせ、」が削除されています。 これによって余計な限定がなくなっています。
そして、「第2の操作入力」が「方向入力」に、「第3の操作入力」に、「押下している操作ボタンを離す操作入力」に置き換わっています。しかし、これらの入力は『パルワールド』の実際の操作と一致しています。
つまり、『パルワールド』リリース後に特許査定になった特許7505852は、『パルワールド』リリース前に特許査定となった特許7398425の、『パルワールド』の訴訟に使う上での問題点を改善した特許となっています。
まとめ
- 任天堂・ポケモンが『パルワールド』に対して提起した訴訟の「複数の特許権」について合理的な根拠に基づく推測を行った。
- 『パルワールド』のリリース後からわずか8か月の間に被告製品を権利範囲に含めた5件の特許を成立させる等、水面下で着々と準備を進めてきた任天堂・ポケモンの知財戦略が公開情報の一端からうかがい知ることができた。
- 『パルワールド』のリリース後に成立した特許はいずれも『パルワールド』内で実施されている可能性の高いものであった。
- 『パルワールド』のリリース前に成立した特許は必ずしも『パルワールド』の挙動と対応しておらず、『パルワールド』のリリース後に審査請求した特許で改善していることがわかった。