はじめに
代表弁理士の嵐田です。
2024年11月8日に株式会社ポケットペアより「特許権侵害訴訟に関するご報告」として訴えの内容の詳細が公表されました(株式会社ポケットペアのニュースリリース)。
任天堂株式会社と株式会社ポケモンが株式会社ポケットペアに対して提起した特許権侵害訴訟に関して、過去に2回記事を書きました。以前は特許権侵害訴訟の対象となる特許権が不明でしたので、どの特許権が対象となったのかを特許情報から推測しました。
今回、対象特許が明らかとなったので過去記事の答え合わせをしていきます。
ファミリー1 「フィールドキャラクタの捕獲・戦闘」
前回記事では、1-2(特許7505852)、1-3(特許7505854)、1-4(特許7493117)、1-5(特許7545191)の4つが対象特許に含まれる可能性があると推測しており、実際は1-4(特許7493117)、1-5(特許7545191)の2つが対象特許でした。以下、対象特許2件について改めて紹介します。
1件目 特許7493117「ゲームプログラム、ゲームシステム、ゲーム装置、およびゲーム処理方法」
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
第1のモードにおいて、
方向入力である第1の操作入力に基づいて、仮想空間内における照準方向を決定させ、
第2の操作入力が行われた場合に、前記照準方向を仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタに向けさせるとともに、第1の指標を表示させ、
第3の操作入力に基づいて、前記照準方向に前記フィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムを放つ動作をプレイヤキャラクタに行わせ、
前記捕獲アイテムが前記フィールドキャラクタに命中した場合、捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中したフィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させ、
前記第1の指標は、前記捕獲成功判定の肯定判定し易さを示す情報である、ゲームプログラム。
こちらの特許は、上記黄色の下線部分が特徴です。
以下の『パルワールド』の実際のゲーム画面において、捕獲アイテムをフィールドキャラクタ(ンダコアラ)に向けて構えた際に捕獲成功判定の肯定判定し易さを示す情報が表示されています(背面ボーナス!20%の表示)。
2件目 特許7545191「ゲームプログラム、ゲームシステム、ゲーム装置、およびゲーム処理方法」
【請求項1】
コンピュータに、
操作ボタンを押下する操作入力に基づいて、仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムが複数種類含まれる第1のカテゴリ群が選択されている場合に、前記捕獲アイテムを放つために構える動作を、戦闘を行う戦闘キャラクタが複数種類含まれる第2のカテゴリ群が選択されている場合に、前記戦闘キャラクタを放つために構える動作を、前記仮想空間内のプレイヤキャラクタに行わせ、
方向入力に基づいて、前記仮想空間内における照準方向を決定させ、
前記操作ボタンとは異なる操作ボタンによる操作入力に基づいて、前記第1のカテゴリ群が選択されている場合に当該第1のカテゴリ群に含まれる前記捕獲アイテムを、前記第2のカテゴリ群が選択されている場合に当該第2のカテゴリ群に含まれる前記戦闘キャラクタをさらに選択させ、
前記構える動作を前記プレイヤキャラクタに行わせる際に押下している前記操作ボタンを離す操作入力に基づいて、前記捕獲アイテムが選択されている場合に、選択された前記捕獲アイテムを前記照準方向に向けて放つ動作を、前記戦闘キャラクタが選択されている場合に、選択された前記戦闘キャラクタを前記照準方向に向けて放つ動作を、前記プレイヤキャラクタに行わせ、
前記捕獲アイテムが放たれて前記フィールドキャラクタに命中した場合、前記捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中した前記フィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させ、
前記戦闘キャラクタが前記フィールドキャラクタと戦闘可能な場所に放たれた場合に、当該戦闘キャラクタと当該フィールドキャラクタとの前記フィールド上における戦闘を開始させる、ゲームプログラム。
請求項1は長くて難しく見えますが、ゲーム中の以下の動作に関するプログラムのことを意味しています。
捕獲アイテム又は戦闘キャラクタを構える
↓
照準方向を決定する
↓
アイテムを選択する
↓
投げる
そして、『パルワールド』では上記の動作は以下の操作入力によって行われます。
捕獲アイテム又は戦闘キャラクタを構える(キーボードの「E」押下)
↓
照準方向を決定する(マウスによる方向入力操作)
↓
アイテムを選択する(キーボード「1」で左側、「3」で右側のアイテム又はキャラクタに切り替える)
↓
投げる(押下した「E」を離す)
ファミリー2 「搭乗オブジェクトのスムーズな切り替え」
前回記事では、2-3は特許権侵害訴訟における「複数の特許権」に含まれる可能性があると推測しており、実際は2-3(特許7528390)は対象特許でした。
3件目 特許7528390「ゲームプログラム、ゲームシステム、情報処理装置、および情報処理方法」
【請求項1】
情報処理装置のコンピュータに、
仮想空間内において、操作入力に基づいてプレイヤキャラクタを制御させ、
前記プレイヤキャラクタが所有する所有キャラクタのうち、前記プレイヤキャラクタが搭乗可能な複数種類の搭乗キャラクタのいずれかが選択されて搭乗指示が行われた場合、前記プレイヤキャラクタを当該選択された前記搭乗キャラクタに搭乗させて、移動可能な状態にさせ、
前記プレイヤキャラクタが空中にいるときに第1の操作入力が行われた場合、前記プレイヤキャラクタを前記搭乗キャラクタのうち、空中を移動可能な空中用搭乗キャラクタに搭乗させて、空中において移動可能な状態にさせ、
前記プレイヤキャラクタが前記空中用搭乗キャラクタに搭乗中に、操作入力に基づいて前記空中用搭乗キャラクタに搭乗した前記プレイヤキャラクタを空中において移動させる、ゲームプログラム。
本発明の課題は「搭乗オブジェクトのスムーズな切り替え」です。例えば馬のキャラクタ(地上搭乗キャラクタ)にプレイヤキャラクタが搭乗している際に、ジャンプしてボタンを押すと鳥のキャラクタ(空中搭乗キャラクタ)に瞬時に乗り換えられることが特徴です。
『パルワールド』においては、この「スムーズな乗り換え」は実装されていないと思います。一方、空中搭乗キャラクタに搭乗して上空まで上昇し、空中で「降りる」操作をするとプレイヤキャラクタは落下しますが、落下中に搭乗するボタンを長押しすると地面に激突する前に再搭乗できます。このことが「前記プレイヤキャラクタが空中にいるときに第1の操作入力が行われた場合、前記プレイヤキャラクタを前記搭乗キャラクタのうち、空中を移動可能な空中用搭乗キャラクタに搭乗させて、空中において移動可能な状態にさせ、」に該当すると特許権者側は考えているのではないかと思います。
損害賠償額が少ない理由
ポケットペア社の報告では、損害賠償について「株式会社ポケモン、任天堂株式会社それぞれに対する500万円及び遅延損害金の支払い」であると書かれています。対象特許3件が全て『パルワールド』の発売後に分割出願により権利化された特許であるため、特許の登録日から本件訴訟の提起日までの期間が短く、請求できる金額が『パルワールド』の発売直後からの売上に対して少ないことが理由に1つと考えられます。
ですが、損害賠償額が少ない本当の理由は知的財産権侵害訴訟の特徴にあると考えられます。知的財産権侵害訴訟はまず侵害論の審理が行われ、裁判所の心証が侵害であるときだけ損害論の審理に入る二段階審理方式を採用しています。侵害が認められるかどうかを争う侵害論の段階では損害賠償額を低く抑えておきます。裁判所に納める印紙代(手数料)は損害賠償額に応じて高くなるためです。侵害が認められて損害論に入った段階で印紙を追納し、損害賠償請求額を増額する訴えの変更を行うことで印紙代を節約できるメリットがあります。ポケットペア社の報告をよく読むと「当該特許の登録日から本件訴訟の提起日までの間に生じた損害の一部を損害賠償として求めるもの」と書かれていることから、500万円の請求額は損害賠償請求権全体の一部請求であることがわかります。
まとめ
- 特許権侵害訴訟の対象特許として推測したファミリー1の1-2(特許7505852)、1-3(特許7505854)、1-4(特許7493117)、1-5(特許7545191)の4つのうち、1-4(特許7493117)、1-5(特許7545191)の2つが対象特許であった。
- 特許権侵害訴訟の対象特許として推測したファミリー2の2-3(特許7528390)は対象特許であった。
- 損害賠償額が500万円と少ないのは、損害賠償請求権全体の一部請求であるためであると考えられる。