本件訴訟の背景、これまでの経緯および最高裁の判断
本記事の要約(忙しい人向け)
- 海外サーバ+国内端末でも “生産”
最高裁は「サーバが海外・端末が国内」のネットワーク型システムでも、システム全体を実質的に国内で構築すれば特許法 2 条 3 項 1 号の「生産」に当たると判示。特許権の属地主義と抵触しないことを明確化した。 - FC2 の上告棄却で知財高裁判決が確定
FC2 に対し、①「FC2動画」FLASH 版の動画・コメントファイル配信差止め、②約1,100 万円の損害賠償支払いを命じた知財高裁判決が確定。HPSystem への請求は棄却のまま。 - SaaS・コンテンツ配信事業者へのインパクト
海外クラウドを用いた国内サービスも、ユーザ端末側で発明の効果が発現すれば日本特許を侵害し得る。クラウド配置だけで「回避」は困難となった。
本件訴訟の背景
本件は、ニコニコ動画と同様の「コメント付き動画配信サービス」を提供する被告 FC2(米国法人)が、ドワンゴ保有の特許第6526304号(発明名「コメント配信システム」)を侵害するとして提起された特許権侵害訴訟である。
年月 | 主要手続 | 判決の骨子 |
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令和 4 年 3 月 | 東京地裁(令和元(ワ)25152) | 被告勝訴―「生産」は国内完結が必要として権利不行使を認定 |
令和 5 年 5 月 | 知財高裁(令和4(ネ)10046) | 原判決変更―FC2 に侵害を認定、差止め+損害賠償約1,100 万円 |
令和 7 年 3 月 | 最高裁(令和7(受)2028) | 上告棄却―知財高裁の判断を是認し事件終局 |
特許第6526304号 本件発明1、本件発明2(構成要件分説)
本件発明1の構成要件の分説
1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、
1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、
1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、
1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、
1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、
1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、
1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、
1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、
1I コメント配信システム。
本件発明2の構成要件の分説
2A 動画配信サーバ及びコメント配信サーバと、これらとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、
2B 前記コメント配信サーバは、前記動画配信サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、
2C1 前記端末装置にコメント情報を送信し、
2C2 前記動画配信サーバは、前記端末装置に前記動画を送信し、
2D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、
2E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、
2F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、
2G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、
2H 前記コメント配信サーバが前記コメント情報を、前記動画配信サーバが前記動画を、それぞれ前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、
2I コメント配信システム。
請求項1は動画サーバとコメントサーバを区別しない形態、請求項2 は動画サーバとコメントサーバを分離した形態。原審・最高裁はいずれも両請求項の技術的範囲充足を認定。
東京地裁(第一審)の判断
6 結論
前記3及び4のとおり、被告システムは本件発明の技術的範囲に属すると認められるものの、前記5のとおり、本件特許が登録された令和元年5月17日以降において被告らによる被告システムの日本国内における生産は認められず、被告らが本件発明を日本国内において実施したとは認められないから、被告らによる本件特許権の侵害の事実を認めることはできない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
- 海外サーバと国内端末では「システム全体」が日本で新たに作り出されておらず、生産(特許法 2 条 3 項 1 号)に当たらない
- 属地主義を厳格に解釈し、差止・損害賠償請求を棄却
知財高裁の判断
判決主文
地裁では属地主義を厳格に解釈し、原告の差止・損害賠償請求を棄却したが、知財高裁では控訴人のFC2に対する差止・損害賠償請求を一部認容した。
1 原判決中被控訴人FC2に関する部分を次のとおり変更する。
⑴ 被控訴人FC2は、「FC2動画」(https://video.fc2.com/)において、被控訴人FC2のサーバから日本国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において動画上にオーバーレイ表示されるコメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示さ5 れる態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信してはならない。
⑵ 被控訴人FC2は、控訴人に対し、1101万5517円及び別紙4-1認容額一覧表の「認容額」欄記載の各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで「遅延損害金利率(年)」欄記載の各割合による金員を支払え。
⑶ 控訴人の被控訴人FC2に対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 控訴人の被控訴人HPSに対する控訴を棄却する。
3 控訴人の当審における被控訴人HPSに対する拡張請求を棄却する。
4 訴訟費用は、控訴人と被控訴人FC2との間では、第1、2審を通じてこれを10分し、その7を控訴人の負担とし、その余を被控訴人FC2の負担とし、控訴人と被控訴人HPSとの間では、当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。
5 この判決の第1項⑴及び⑵は、仮に執行することができる。
6 被控訴人FC2のため、上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
判決の結論
第5 結論
以上によれば、控訴人の請求は、被控訴人FC2に対し、被告サービス1において、被控訴人FC2のサーバから国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において動画上にオーバーレイ表示されるコメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信することの差止めを求めるとともに、1101万5517円及び別紙4-1認容額一覧表の「認容額」欄記載の各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで「遅延損害金利率(年)」欄記載の各割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないから棄却すべきものである。
したがって、控訴人の請求(当審における拡張請求を除く。)を全部棄却した原判決は一部不当であって、本件控訴は一部理由があり、また、控訴人の当審における拡張請求は、一部理由があるから、原判決中被控訴人FC2に関する部分を本判決主文第1項のとおり変更し、控訴人の被控訴人HPSに対する控訴を棄却し、控訴人の当審5 における被控訴人HPSに対する拡張請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
まとめ
- ネットワーク型システムの「生産」概念を拡張
単独では構成要件を満たさない複数要素がネットワークで有機的に結合し、国内端末で発明の効果が現れるなら、新たにシステムを作り出したと評価できる - 端末が国内にあり、効果も国内で発現 → 国内生産と認定
- FC2 動画(FLASH 版)の配信行為を差止め、損害額を一部認容
- 共同被告 HPSに対する関与は認められず請求棄却
最高裁の判断
1. 属地主義と「生産」の適用範囲
4⑴ 我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、また、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合に、我が国の領域外の行為や構成を含むからといって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、当該システムを構築するための行為が特許法2条3項1号にいう「生産」に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たると評価されるときは、これに我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。
- 属地主義を踏まえても、行為とシステムを 全体として実質評価 し、国内で効果が発現し特許権者の経済的利益に影響する場合は国内生産と解するのが相当と判示
- カードリーダー最高裁判決(平成14)など従来判例とも抵触しないと明示。
2. FC2 の配信行為
⑵ 本件配信は、プログラムを格納したファイル等を我が国の領域外のウェブサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、本件システムを構築するための行為の一部が我が国の領域外にあるといえるものであり、また、本件配信の結果として構築される本件システムの一部であるコメント配信用サーバは我が国の領域外に所在するものである。しかし、本件システムを構築するための行為及び本件システムを全体としてみると、本件配信による本件システムの構築は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、その結果、本件システムにおいて、コメント同士が重ならないように調整するなどの処理がされることとなり、当該処理の結果が、本件システムを構成する我が国所在の端末上に表示されるものである。これらのことからすると、本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人は、本件配信及びその結果としての本件システムの構築によって、実質的に我が国の領域内において、本件システムを生産していると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信による本件システムの構築は、特許法2条3項1号にいう「生産」に当たるというべきである。
- 米国サーバから HTML/JS を送信 ⇒ 国内端末が自動で動画・コメントファイルを取得し表示
- この一連の送受信により国内端末・海外サーバを包含するシステムが構築され、コメント重なり回避等の 発明の効果が端末上で発現。
- よって FC2 の行為は「生産」に該当し特許権侵害を構成する。
3. 結論
- FC2 の上告を棄却、知財高裁判決(差止+損害賠償)確定。
- 上告費用は FC2 負担。
最高裁判決のポイント
- “クラウド逃れ”は困難に
属地主義を厳格に判断した地裁判決に対し、知財高裁、最高裁は特許権の構成要件全てが日本国内で実施されていなくても特許権の効力が及ぶ場合があることを示しました。そのため、サーバを海外に置くだけでは国内侵害を免れないこととなった。利用者端末側で技術的範囲を充足し、効果が国内で発現すれば生産行為に当たります。 - SaaS・動画配信事業者への示唆
本判決を受けて、日本ユーザ向けにサービスを提供する際は、日本特許のクリアランス調査の重要性が増したとえいます。クライアント側スクリプトや UI 表示ロジックが特許を実質的に実装していないか留意すべきです。 - 損害賠償額は限定的
本判決では、特許権者の差止は認めつつ損害額は1,100 万円程度であった。売上高算定が難しいクラウド・広告モデルの課題も浮き彫りになったといえます。 - 特許法改正の可能性
本件訴訟を受けて「法改正による明文化」を望む声が増えています(2025年3月17日 日経記事)。実際に、2026年改正を目指して特許庁による有識者会合で法改正に向けた議論が始まったとの報道があります(2024年11月4日 日経記事)
まとめ
- 最高裁は ネットワーク型システム発明の域外要素 に関し、国内端末で発明効果が生じる場合は「生産」に当たると判示し、属地主義の解釈をアップデートしました。
- 海外クラウドを利用する国内向けサービスも日本特許侵害リスクを負う可能性があります。
- 技術者・プロダクトマネージャーは、クライアントサイド JS や API 設計が特許クレームを充足しないか事前検討が必須となり、侵害予防調査を実施する必要性が増したといえます。
- 権利者側は、端末表示やユーザ操作フローを立証できれば海域外サーバ案件でも差止が見込めます。
- 特許庁において、2026年法改正に向けた議論が進んでいます。
- 今後、メタバースや生成 AI サービス 等でも同様の論点が争われる可能性が高く、本判決が重要な先例となりそうです。