はじめに
本記事は「知財系 Advent Calendar 2022」12/7 の記事です。
VTuberとは
Virtual YouTuber(バーチャルユーチューバー)「以下、VTuber(ブイチューバー)」とは、演者の動きと連動した2D又は3Dのアバターを使って活動しているYouTuberのことを言います。17Live、SHOWROOM等のYoutube以外の動画配信サービスで活動するタレントもいるため、総称として「バーチャルライバー」、「バーチャルタレント」等の呼称もあるようですが、「VTuber」の呼称が最も定着しているようです。「ユーザーローカル VTuberランキング」を運営する株式会社ユーザーローカルの2022年11月29日の発表によると、VTuberの人数は20,000人に到達したそうです。同記事によると、YouTubeのチャンネル登録者数をカウントしたファン数のトップ10は以下の通りです。
1位 Gawr Gura(がうるぐら) 424万人
2位 キズナアイ 306万人
3位 宝鐘マリン(ほうしょうマリン) 222万人
4位 Mori Calliope 216万人
5位 兎田ぺこら 210万人
6位 白上フブキ 203万人
7位 戌神ころね 190万人
8位 ホロライブ公式 187万人
9位 Watson Amelia(ワトソン・アメリア) 172万人
10位 こぼ・かなえる 172万人
VTuberが所属する企業
ランキング上位のVTuberは企業が運営するVTuber事務所に所属しています。現在ランキング2位のキズナアイは2016年から活動しているVTuberのパイオニアでActiv8株式会社に所属しています。そして2位を除くトップ10を占めるのはカバー株式会社が運営するホロライブプロダクションに所属するVTuberです。トップ10にこそ入ってはいませんが、ANYCOLOR株式会社が運営するにじさんじ所属の壱百満天原サロメ(ひゃくまんてんばらさろめ)は12位に、葛葉(くずは)は21位にそれぞれランキングされています。ANYCOLOR株式会社は2022年6月8日に東証グロース市場に上場して話題になりました。
企業勢VTuberの商標
Activ8株式会社の商標
まずはキズナアイが所属するActiv8株式会社の商標を見てみます。
年別商標件数の推移
J-PlatPatの商標検索で出願人/権利者/名義人に「Activ8株式会社」と記入して検索した結果、2022年12月5日時点で30件がヒットしました(出願却下を含めると39件)。2017年に「キズナアイ」の商標1件をはじめ、2018年、2019年に計28件の商標が登録されています。
出願商標と指定商品・指定役務の区分
Activ8株式会社の出願・権利存続中の商標を以下のリストにまとめました。Activ8株式会社は、「キズナアイ」と「Kizuna AI」のVTuber名称、「アイチャネル」と「A.I.Channel」のYouTubeチャンネル名のように、カタカナとアルファベット両方で商標権を取得しています。指定商品・指定役務の区分も9区分以上を選択している商標が多く、1件の出願にそれなりのコストをかけています。
登録6233484、登録6501890のように、VTuberの全身の姿(立ち絵)も登録しています。特にキズナアイの登録6233484は26区分も指定しています。かといって、どの商標も多区分選択しているわけではなく、登録6315258、登録6315259、登録6315260の「NUVIS/ニュービス」に関しては、バーチャルシンガー「YuNi」のフィギュアを扱うホビーブランドであるため、フィギュアおもちゃ及びその付属品等を指定商品とする第28類のみを選択しています。
キズナアイは2022年2月から無期限活動休止中ですが、2023年のアニメに本人役で出演することが決まっており、そのアニメのタイトルが「絆のアリル」です。「絆のアリル」は商願2022-113933で2022年10月4日に出願されていました。
VTuberキズナアイ、アニメ「絆のアリル」に本人役で出演 今年2月から無期限活動休止中
https://news.yahoo.co.jp/articles/f813d9e93b6f8bfb3e68dd0149b84a070538ba67
キズナアイの立体商標
拒絶査定になっておりますが、商願2019-122615は第28類「人形」等を指定商品とするキズナアイのフィギュアの立体商標出願でした(商標公報のリンク)。第28類の指定商品「おもちゃ,人形,プラスチック製おもちゃ」について、商品の形状を立体的に表したといえるものであって、同種の商品が採用し得る立体的形状の範囲を超えているとはいえないものとして商標法第3条第1項第3号違反の拒絶理由が通知され、出願人は意見書にてキズナアイの周知性について証拠をもとに反論していました。
商標法第3条第2項では、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に該当し、自他商品識別力を獲得したと認められた場合は商標法第3条第1項各号に該当する場合でも登録が認められます。立体商標で商標法第3条第2項の適用が認められた事例としてヤクルトの包装容器の形状があります。
商願2019-122615については、拒絶査定において「本願商標は、別掲の構成であるところ、出願人の提出に係る物件に掲載されている女性の図形は、平面的な図形としての使用であり、本願商標と同一の構成(立体商標)で使用されている物件は、発見することができません。」として商標法第3条第2項の適用は認められませんでした。つまり、登録者276万人(当時)のYoutubeチャンネルも、テレビ出演も、2Dモデルとして出演していたものであり、フィギュアの立体形状と同一の態様ではなかったということのようです。
カバー株式会社の商標
次にVTuberランキングの占有率No.1のホロライブプロダクションを擁するカバー株式会社の商標をみてみます。
年別商標件数の推移
J-PlatPatの商標検索で出願人/権利者/名義人に「カバー株式会社」と記入して検索した結果、2022年12月5日時点で106件がヒットしました(出願却下を含めると111件)。2020年、2021年にそれぞれ40件以上と大量の商標権を取得しています。
出願商標と指定商品・指定役務の区分
カバー株式会社の出願・権利存続中の商標を以下のリストにまとめました。出願の中身をみてみると、「ホロライブ」、「ホロスターズ」等のプロダクションブランド名の商標と、「Gawr Gura」、「宝鐘マリン」、「兎田ぺこら」等の所属VTuberの名称を中心に出願しています。ホロライブ公式サイトの所属タレント名と比べても出願漏れはないようで、全所属タレントの名称を網羅的に出願しているようです。
指定商品、指定役務は、アニメーションを内容とする記録済み媒体及び動画ファイル、インターネットを利用して受信し及び保存することができる画像ファイル、インターネットを利用して受信し及び保存することができる音楽ファイル等が含まれる第9類「電気制御用の機械器具」、広告業等が含まれる第35類「広告、事業、卸売、小売等役務」、インターネットを利用して行う映像の提供、インターネットを利用して行う音楽の提供等が含まれる第41類「教育、娯楽、スポーツ、文化」の3区分を選択した出願が多くありました。第35類はVTuberの活動と直接関係しそうな役務ではないですが、類似群コードが177個もの役務を指定しています。1区分で選択できる類似群コードは「22個」が上限であり、22個を超えると商標法第3条第1項柱書違反の拒絶理由が通知されますが、カバー株式会社は使用意思の証明書を上申書と共に提出し、商標法第3条第1項柱書違反の拒絶理由を回避しています。177個もの類似群コードで商標を取得しておけば、1区分のみで広範な他人の後願の類似商標出願を排除することができるため、35類の区分は後願排除の意図で選択しているのかも知れません。
2021年12月以降は区分数が大幅増加
2021年12月22日の「Hololive council」等の出願からは、12区分を指定して出願していました。企業の急成長により売上が増えて知財にかける予算も増加したこと、VTuberが活躍できる業務範囲が拡大し、それまでの3区分ではカバーできなくなったことが理由であると推察されます。
ANYCOLOR株式会社の商標
最後に上場企業であり、バーチャルライバーグループ「にじさんじ」を運営するANYCOLOR株式会社の商標をみてみます。
年別商標件数の推移
J-PlatPatの商標検索で出願人/権利者/名義人に「ANYCOLOR株式会社」と記入して検索した結果、2022年12月5日時点で39件がヒットしました(出願却下を含めると57件)。2018年に20件出願していますが、登録は1件のみでした。出願却下の内容をみてみると、所属VTuberの全身姿(立ち絵)を35類で出願したものが中心でした。また、登録査定になった後に登録料未納で出願却下となっているものが多数ありました。登録査定段階でなんらかの事情で不要になったものと考えられます。
出願商標と指定商品・指定役務の区分
ANYCOLOR株式会社の出願・権利存続中の商標を以下のリストにまとめました。初期の商標出願は「にじさんじ」、「NIJISANJI」「ロゴ(にじさんじ)」の商標権を取得し、にじさんじブランドを多面的に保護していました。
2019年7月30日には12人のVTuber(にじさんじはライバーという呼称のようですが、ここではVTuberで統一します)の全身姿(立ち絵)を17区分に渡って出願していました。一方、「月ノ美兎」、「物述有栖」、「夢月ロア」のように名前の方を17区分指定して出願している場合もありました。立ち絵と名前の両方で商標をとっているVTuberはおらず、また2019年7月以降は所属タレントに関する商標出願はしていないため、現在ににじさんじ等に所属するVTuber全員の商標権はとっていないようです。2021年以降の出願ではブランド名やブランドロゴを中心に出願しており、VTuber個別には商標はとらず、ブランド名で包括的に保護する方針なのかも知れません。カバー株式会社とは出願傾向が異なり、興味深いと感じました。
YouTuber商標との比較
VTuberはYouTuberの1ジャンルと考えると、YouTuberの商標が参考になると考えました。ヒカキン、はじめしゃちょー等の有名YouTuberが所属するUUUM株式会社の商標を上記と同様に調べてみたところ、第6091578号「釣りよかでしょう。」第6205140号「フィッシャーズ」等はありましたが、「HIKAKIN」、「はじめしゃちょー」、「東海オンエア」等の登録商標はありませんでした。
第6205140号「フィッシャーズ」の指定商品・指定役務は以下の通りです。各区分の指定商品が少なく、第18類は「傘」しかありません。「傘」にフィッシャーズを使っているのかな?と思い、調べてみると「フィッシャーズ、ンダホさん監修の傘」が確かにありました。実際にグッズ展開する商品を指定しているようです。YouTubeチャンネルとしては、VTuberの商標で指定している第41類ではなく電気通信サービスの第38類を選択しているようでした。
ゆるキャラ商標との比較
キャラクタービジネスという観点で考えると、「くまモン」、「ひこにゃん」、「ふなっしー」等のゆるキャラの商標も参考になると考えました。
「くまモン」は熊本県が第5540074号(くまモンの立ち絵)、第5540075号(「くまモン」の標準文字)等の商標権をもっており、くまモンのオフィシャルページでイラストの利用申請に関する手続きの情報が整備されています。指定商品・指定役務は、第5387806号、第5540075号、第5540075号の3件の商標権を併せて4、 5、 9、11、12、14、16、18、20、21、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、35、36、39、41、42、43、44、45類の計28区分を指定していました。
「ひこにゃん」は彦根市が第5104692号(ひこにゃんがジャンプしているイラスト)、第5104693号(「ひこにゃん」の標準文字)等の商標権をもっており、彦根市のホームページの「ひこにゃん商標」というページにて商標の使用許諾申請に関する手続きの情報がまとめられています。指定商品・指定役務は、第5104693号、第5385269号の2件で9、14、16、25、28、29、30、31、32類の計9区分を指定していました。
「ふなっしー」は合同会社274LANDが第5704292号(ふなっしーの写真の上部に「ふなっしー」の文字)、第5743777号(「ふなっしー」の標準文字)等の商標権をもっています。指定商品は第5743777号で第9類「携帯電話機用ストラップ」等、第16類「文房具類、書籍、印刷物等」、第5704292号で第28類「おもちゃ,人形等」、第5704293号で第35類「小売等役務」の計4区分を指定していました。
ゆるキャラ商標の指定商品で共通しているのは第9類、第16類、第28類であり、これらの区分はVTuber商標でも指定されることが多い分類でした。特に第28類は人形、ぬいぐるみ、フィギュア等のキャラクターグッズに関する分類であり、グッズ展開する場合は外せない区分になるのかと思います。一方でゆるキャラ商標には第38類の電気通信サービス等、第41類のインターネットを利用した動画の提供等は指定していませんでした。第41類を指定したくまモンの商標権第5540074号にも、動画提供の役務は指定されていません。「くまモン」商標の第5540074号が出願されたのが2012年3月であり、この当時はYouTubeによる動画配信が今ほどメジャーではなかったためと考えられます。
個人勢VTuberの商標
VTuberランキングで個人勢VTuberの方の名称で検索しても商標登録しているVTuberは見つけられませんでした。おそらく商標権を取得している個人勢VTuberもいないことはないと思っていますが、2万人いるVTuberの全てを調べることは時間と労力がかかり過ぎるので断念します。
個人勢VTuberに商標登録が必要かというと、正直必須ではないと思います。ただし、VTuberが2万人もいればたまたま名前が被る、もしくは同じでなくても類似するケースも今後出てくると思いますし、YouTubeチャンネル名を悪意をもった他人に取られてしまうリスクを考えると、商標をとるとしたらVTuber名称の標準文字商標を第41類「インターネットを利用した動画の提供」を中心に1区分で取得しておくのが良いでしょう。
おわりに
VTuberの商標について、主に企業の商標を中心に調査し、YouTuberの商標との比較、ゆるキャラの商標との比較を行いました。企業の商標の出願の仕方は三者三様でした。VTuberの人気は日本国内にとどまらず世界中にも広がっており、アメリカ、インドネシア等のタレントもいます。そのため、商標の国際出願/国際登録、アメリカ、インドネシアでの登録状況等も調べようかと思いましたが、力尽きたので今回は国内のみを対象にしました。
VTuberはここ数年で急速に発展し、YouTube等の動画・ライブ配信に留まらず、オリジナル楽曲の配信等音楽活動に力を入れている星街すいせいさん、日清食品“完全メシ”のCMに出演した壱百満天原サロメさん、お菓子メーカーとのコラボ商品の販売(ベビースターラーメン(さんじのちきん味)、ホロライブマンチョコ等)等多岐に渡っており、今後もさらなる勢いで伸び続けることが期待されます。
個人的には3Dキャラクターの立体商標出願の試みは面白いと思いました。出願する立体商標と使用の態様が同一の構成であることが商標法第3条第2項適用の要件であるところ、動きのあるバーチャルキャラクターが出願に係る3Dモデルと”同一の構成”と認められるのか、そもそも3Dモデルは立体商標なのか等のクリアすべきハードルがいくつかあるようです。3Dモデル立体商標については、任天堂株式会社、株式会社クリーチャーズ、株式会社ゲームフリークの三社が共同で出願したピカチュウの立体商標があります(商標公報のリンク)。本記事執筆時点ではまだ審査結果が出ていませんが、こちらの審査経過が今後3Dモデル立体商標を出願する際の参考になりそうです。
ちなみに私は特にVTuberに詳しいというわけではありませんが、兎田ぺこらさん、さくらみこさん、壱百満天原サロメさんの動画や配信はたまに視聴しています。
2023年12月5日追記 続きを書きました。