はじめに
本記事は「知財系 Advent Calendar 2023」12/5 の記事です。
前回の記事
Vtuberの商標については、2022年12月に以下の記事をまとめました。
Vtuberの商標についてまとめた記事が他になかったため、ネット検索で以下記事にたどり着いた多くの方に読んでいただきました。本記事はその続編となります。
今回は大手事務所2社の2023年の商標出願状況について調べてみました。
カバー株式会社(ホロライブ)
2023年3月 東証グロース市場上場
カバー株式会社の2023年最大のニュースは、2023年3月27日に東証グロース市場に上場したことだと思います。これにより、有価証券報告書、決算報告書で詳細なIR情報を知ることができるようになりました。
有価証券届出書74ページの貸借対照表には、無形固定資産の1つとして「商標」の項目があり、2021年3月期は5,360千円、2022年3月期は16,814千円と具体的な金額が書かれており、「商標権」を重視していることが伺えます。
事業系統は①配信/コンテンツ、②ライブ/イベント、③マーチャンダイジング、④ライセンス/タイアップの4つに分類されており、①、②の配信とライブでファンを獲得し、③、④の物販とライセンスで売上を加速しているようです。特に③マーチャンダイジングは「非労働集約的で粗利率が相対的に高いセクションとなっていて、構造的に全社の利益率を高めることに寄与している(カバー株式会社2024年3月期第2四半期決算説明書き起こし)」とのことなので、実はVtuber事務所の収益の柱はファングッズのマーチャンダイジングのようです。
2023年の商標に関連するニュースリリース
カバー株式会社が公式サイトとPR TIMESに出したプレスリリースのうち、商標に関連するものを以下の表にまとめました。
2023年の商標出願
カバー株式会社の2023年(厳密には2022年12月7日から2023年11月25日)の商標出願件数は25件でした。出願内容は、Vtuberユニットのグループ名と各メンバー名が中心で、holoplus(公式アプリ)、holo-n(音楽レーベル)等のサービス名がいくつかあります。
オンラインショップの商品と商標の指定商品
各Vtuberの名称の商標は、3類、9類、14類、16類、18類、21類、24類、25類、26類、28類、35類、41類、43類と13区分も指定して出願されています。1類から34類は商品商標の区分になりますが、上述したとおり大手事務所の収益の柱はマーチャンダイズなので、オンラインショップ等で販売している商品を指定商品として適切に選択する必要があります。
以下の表は、商標の指定商品(中央列)とhololive production OFFICIAL SHOPで販売されている販売品(右列)を対応させたものです。全ての指定商品について、対応する商品が1つ以上あることが確認できました。
区分 | 指定商品(役務商標の区分は省略) | 販売品の例 |
---|---|---|
3 | 化粧品,香料 | マスク用スプレー |
9 | 業務用テレビゲーム機用プログラム,携帯情報端末の部品及び附属品,携帯情報端末用カバー,携帯情報端末用ケース,携帯情報端末用ストラップ,スマートフォン用カバー,スマートフォン用ケース,スマートフォン用ストラップ,電子計算機用プログラム,コンピュータ用ソフトウェア(記憶されたもの),コンピュータ用ソフトウェア(電気通信回線を通じてダウンロードにより販売されるもの),眼鏡,サングラス,眼鏡の部品及び附属品,家庭用テレビゲーム機用プログラム,画像を記憶した記録媒体,映像を記憶した記録媒体,音声・音楽を記憶した記録媒体,インターネットを利用して受信し及び保存することができる画像ファイル,インターネットを利用して受信し及び保存することができる映像ファイル,インターネットを利用して受信し及び保存することができる音声ファイル・音楽ファイル,電子出版物 | ボイス販売 |
14 | 貴金属,宝玉及びその原石並びに宝玉の模造品,キーホルダー,宝石箱,身飾品,時計 | ペンダント、イヤーカフ |
16 | 文房具類,印刷物,写真,写真立て | ノート、ペン、クリアファイル |
18 | かばん類,袋物,傘 | リュック |
21 | 食器類,清掃用具及び洗濯用具,浴室用手おけ,貯金箱,お守り,おみくじ | 絵皿、お守り |
24 | 布製身の回り品,かや,敷布,布団,布団カバー,布団側,まくらカバー,毛布 | 抱き枕カバー |
25 | 被服,履物,仮装用衣服 | Tシャツ |
26 | 缶バッジ,頭飾品 | 缶バッジ |
28 | おもちゃ,人形,トランプ,カードゲーム | ぬいぐるみ |
商標の海外展開
カバー株式会社は日本国内に限らず、海外にも積極的に商標を出願しています。WIPOのGlobal Bland DatebaseでOwner=”Cover Corporation”で検索すると、海外商標のリストが表示されます。アメリカ60件、カナダ28件、オーストラリア29件、フィリピン29件、インドネシア34件、ニュージーランド28件、ヨーロッパ14件の商標(出願中を含む)があることが確認できます。
カバー株式会社の2023年の商標まとめ
カバー株式会社の商標登録出願は、①無駄がないこと、②ニュースリリースとタイミングを合わせていることが特徴です。以下の表の通り、商標出願日とニュースリリース日を合わせてみると、出願した商標は実際に販売している商品を指定し、かつ全ての商標が事業に使われており(①)、ニュースリリースの公表前後で出願されています(②)。青が商標出願、赤がニュースリリースです。商標は出願から数日後に公開公報によって公開されるため、新人Vtuberのデビューを直前まで伏せておきたい場合は有効な出願方法です。上場したことにより、新人のデビュー情報が株価に影響するのであればなおさら慎重に行う必要があります。
2022年12月27日 | ユニット名「Tempus」、「Gavia Battel」等TEMPUSメンバー名を商標登録出願 |
2023年1月5日 | 英語圏向けVTuberユニット「ホロスターズEnglish -TEMPUS-」より新メンバーがデビュー!2023年1月8日(日本時間)に初配信決定! |
2023年7月3日 | 「holo-n」を商標登録出願 |
2023年7月8日 | VTuber事務所「ホロライブプロダクション」とユニバーサルミュージックによる共同レーベル「holo-n」設立 |
2023年7月24日 | 「Siori Novella」等Adventメンバー名の商標登録出願 |
2023年7月30日 | 英語圏向けVTuberグループ「ホロライブEnglish」、新ユニット『hololive English -Advent-』が7月30日(日)より始動! |
2023年8月2日 | 「Advent」を商標登録出願 |
2023年8月29日 | VTuber事務所「ホロライブプロダクション」の”推しをもっと好きになる!”公式アプリ「ホロプラス」が正式リリース! |
2023年9月1日 | 「holoplus」が商標登録(出願は2023年2月9日) |
2023年8月4日 | 「HLZNTL」を商標登録出願 |
2023年8月31日 | カバーが手掛ける新ゲーミングプロジェクト 『HLZNTL(ホリゾンタル)』正式始動 |
2023年9月4日 | ホロライブプロダクション新VTuberグループ「ReGLOSS」デビュー決定!! |
2023年9月4日 | 「火威青」等ReGLOSSメンバー名を商標登録出願 |
2023年10月10日 | 「ARMIS」を商標登録出願 |
2023年11月18日 | 「ホロスターズEnglish」 新ユニット『ホロスターズEnglish -ARMIS-』が11月18日(土)デビュー決定! |
ANYCOLOR株式会社(にじさんじ)
2023年6月 東証プライム市場 市場変更
ANYCOLOR株式会社は2023年6月に東証プライム市場への市場変更が承認されました。ANYCOLOR社の東証グロース市場上場が2022年6月なので、わずか1年でプライム市場までたどり着いたことになります。ANYCOLOR社の直近の2024年4月期(第1四半期)の決算は売上高8,948百万円、営業利益4,044百万円、営業利益率は45.2%でした。カバー株式会社の2024年3月期(第2四半期)の決算は売上高7,133百万円、営業利益1,408百万円、営業利益率19.7%であり、ANYCOLOR社の方がカバー社より上場の時期、売上高、利益率のいずれにおいても一足先に進んでいます。
2023年の商標出願
ANYCOLOR株式会社の2023年(厳密には2022年12月7日から2023年11月25日)の商標出願件数は2件でした。出願内容は、「XSOLEIL」と「エクソレイ」の2件です。「エクソレイ」は以下のニュースリリースのとおり、2022年12月6日にデビューしたグループの名称です。
NIJISANJI ENからVTuberグループ『XSOLEIL (エクソレイ)』が2022年12月6日(火)(JST)デビュー!
「エクソレイ」のデビュー以降も、以下のように定期的にVtuberデビューのニュースリリースがありますが、関連する商標登録出願はありませんでした。ANYCOLOR社は2018年、2019年は積極的に商標登録出願をしていたものの、ここ数年は出願件数を大幅に減らしています。この点はカバー社とは対照的です。その意図はわかりませんが、商標にコストと労力をかける必要はないという経営判断なのかも知れません。
ANYCOLOR株式会社の2023年の商標まとめ
ANYCOLOR株式会社の商標登録出願は、カバー株式会社と違って2023年は明らかに出願件数を減らしていました。そのため、読み取れる情報もほぼないのですが、大手Vtuber事務所にとってのIP(知的財産)はVtuber事務所としてのブランド、タレント育成、配信活動のノウハウ、2D化・3D化の技術、マネジメント等の総合力にあり、個々のVtuberの名称は必ずしも商標登録しなくても良いと考えているのかも知れません。
まとめ
- カバー株式会社は有価証券報告書の無形固定資産に「商標権」という項目を設けてVtuberの商標を積極的に保護している。
- カバー株式会社は、出願したすべての商標を事業で使用しており、ニュースリリースの発表とタイミングを合わせて商標登録出願を行っている。
- ANYCOLOR株式会社は2023年に出願した商標が2件しかなかった。カバー株式会社とは異なり、個別のVtuberの名称については商標登録をしない方針にしていると思われる。